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残酷な女神

「ったく、篭城とは…てこずらせてくれる」
陣幕の中で、エリオットはいかにも無聊そうに呟き、携行食の干し肉をぶちっと噛み切った。
「エリオット様、斥候が現況の報告を」
脇に控えた武官が、エリオットの行動がひと段落着いたのを確認したように言う。口の中を音が聞こえるほど大仰に飲み込んだエリオットは、武官の顔を見ることもなく
「報告なんぞいらん、どうせ異状なし、だろう」
と、あっさり、興味なさそうに言った。

 ハイラインが、ノディオン攻略に関わってもう何日にもなる。ハイライン王子エリオットは、その先陣の総指揮に自ら名乗りを上げたのを、そろそろ後悔し始めていた。
 強さが半端ではないのである。クロスナイツもアグスティに足止めされる中、残るのはわずかな留守部隊のみというが、その留守部隊までが強い。断続的に送られた兵が、ことごとく撃破され、向こうに与えたであろう損害の数倍の損害で帰還してくる様は、はじめこそエリオットと同じように事態を楽観視していた陣営の中にも、
「…この総大将ではたしてノディオンは粛清できるのか?」
という、猜疑心のようなものをうんでいた。

「ええい、どいつもこいつも」
陣幕の中で行き当たりばったりに指揮を執るエリオットには、部隊が撃破される報告しか入らない。
「景気のいい報告は何もないのか」
「恐れながら殿下、ノディオンといえばかの獅子王の元に、魔剣の加護もあらたかな武勇の国、生半可なお気持ちで攻略は…」
「俺の指揮が生半可だというのかお前は」
「いえ、あの」
疲労ゆえか憔悴ゆえか、ぽろりと本音をこぼした武官を、
「出てけ、お前らに俺の崇高な騎士道がわかってたまるか!」
エリオットは文字どおり陣幕からけりだし、
「そんなに俺の指揮がヘボだというのなら、お前ら、何かいい案考えろ!
 俺は寝るぞ、俺以上の指揮を上回る名案が出たとおもったら起こせ」
と、声を張り上げた。
ため息交じりに、騎士達が集まり何事か話し始める気配を陣幕の中で聞きながら、エリオットは、一つ二つと数を数えるまもなく眠りに落ちていった。この数日の彼の頭脳労働といえば、おそらくそれまでの人生で動かした量ぐらいには匹敵するであろう。
要するに彼は疲れていた。だから再び起こされたときも、
「うるさい、俺はまだ寝るんだ」
と、起こした騎士にもぐもぐと口の中で悪態をついた。
「殿下、ノディオンが投降したとお聞きになっても、まだ悠然とお休みになりますか」
しかしそういわれて、がばっと起き上がった。
「ノディオンが投降?」
「はい、ノディオンは抵抗をあきらめて開城しました」
「本当か、ラケシスは?」
「姫ご自身が白旗をあげて来られました、軍議の大天幕にて身柄を」
騎士が委細を述べる暇もあらばこそ、エリオットは大股に、ほど近い大天幕を揺らすような勢いではいっていく。その後を騎士が
「エ、エリオット王子のおでましです」
と追いかけてきた。

 薄暗い天幕の中に、光り輝くような姿がそこにあった。両手諸膝をついて恭順の意志を表す姿勢それだけでも、におうような美しさにあふれている。罵詈雑言などあびせられよう
はずがない。アグストリアが世界に誇る至高の宝が、目の前にあるのだ。
「ぐ」
へその下がぞくりと動きそうになるのを力んで押さえつつ、エリオットはラケシスに正対し、顔を上げさせた。
思えば何年か前、初めて出会う機会を得て一目ぼれして以来、陰ひなたに求婚をしてはえげつなく拒否されることたびたびの相手である。
 いい加減愛想も尽きようかとも思うのだが、こうして直に会ってしまうと、それまでのつれなさもどこへやら、また恋々としてしまう、その自分も悪くない。
 しかも今のラケシスは、数日の抵抗の指揮をとってきたのか、象牙を刻んだような肌に疲労が残り、晴れやかな美しさというよりは、影を含むしっとりとした色気がにじんでいた。

「よく投降を決意したな」
エリオットが、すこしく震える声で言うと、ラケシスは毅然と返す。
「あなたの為に投降したのではありません」
「何?」
「ノディオンの留守部隊は、この攻撃に疲弊しています。もうこれ以上、私は兄から預かったノディオンにつらい思いをさせるわけにはいきません。
 あえて言うならば戦略的撤退です。真実はアグスティの大広間で、剣によらず明かせばいいことです」
「ははは、戦略的撤退だろうがなんだろうが、投降したのはかわらん」
エリオットはすっくりと立ち上がり、左右に
「ノデイオンの城はどうなった」
と問う。すぐさま、控えていた騎士が答えた。
「は、武装は解除させ、別途指示あるまで待機を命じました」
「イーヴたちは、城のみんなには、手を出さないで」
ラケシスが後を追うように訴える。
「わかっている。シャガール陛下は寛大なお方だ、おとなしくしていれば、何もしやしない」
エリオットはそのラケシスを見下ろしてグリンした。そもそもこんな抵抗などしなければよかったのだという揶揄も多少は混じっている。
「まあ立て」
差し出した手を、ラケシスは数瞬ためらってからとり、立ち上がる。肩に流す二十四金色の髪がさらりと動いて、その香りがエリオットにぶわりと襲いかかる。無意識に出せるその媚に狂わされているということを、彼はまだ知らない。
 騎士が近づく。手に縄を持っている。
「その縄をどうする」
「は、恐れながらラケシス姫は、アグスティに反逆…」
「馬鹿野郎、変に縄をかけてラケシスの手に傷でもついたらどうする」
恐る恐る言い出した騎士を一喝し、ラケシスに向き直る。
「お前は城に戻るんだ。護衛は付けさせてもらうが、部屋でおとなしくしてもらえればいい」
「…ありがとう、そうするわ」
手を引かれながらラケシスが言った。伏せがちの瞳が、エリオットの不敵な表情を確認できるはずもない。

 その夜。
エリオットは、接収した形になったノディオン城の王の居室にいた。
「いてて」
と、かきむしられたほほを押さえる。王妃グラーニェは、エリオットの襲撃に敢然と抵抗し、最後には失神するという大層な烈女ぶりで、侍女に抱えられて目の前から消えていった。
「まあいい…どうせあんな女、ものにしたところで旨味もない」
最初から自分のものだったように、寝台の真ん中にいながら、エリオットはぶつぶつと呟いた。
「それよりも…」
彼は、別に呼びつけたラケシスを待っていた。あれぐらいの扱いで恩を売られたとは、流石に彼女もおもっていないだろう。しかし、だ。今の状況下でなければできないこともある。
「うひひ」
へその下がむらむらと熱を持ってくるのを楽しみながら、彼は扉が開くのを待っている。

 そして入ってきたラケシスは、音もなく寝台の前に止まり、
「私をここに呼び出すなんて、たいした王様気取りなのね。そこにいつもは誰が眠っているか、考えたことがある?」
ゆらゆらと、怒りの気迫を漂わせている。
「当たり前だ、接収したからには、この城と、城の中のすべては俺のものだ」
「それで義姉上を?」
「まあ、未遂だったがな」
「…卑怯だわ」
「なんとでも言え。
城は無傷にしておくんだ、それだけでも有り難いと思うんだな。お前はアグスティに送られて、しかるべく処遇が決定されるだろう。
 シャガール陛下に反旗を翻したのだ、何らかの処罰は免れぬだろう。だが、俺が間に入って、命だけはたすけてやってもいいぞ」
「誰があなたに命乞いなどしますか。兄が立つところにたてば、きちんとその無実を主張できるでしょう」
ラケシスはふいときびすを返そうとする。
「強がるのも今のうちだぞ。シャガール陛下の前でその気丈さが見せられるものか、見ものだな。
いいのか?お前が陛下の神経を逆なでするようなことがあれば、その大切な兄上の首が危ないのだ」
部屋を出ようとしたラケシスの足が止まる。
「そうされたくなければ、俺の機嫌をとっておくべきだな」
エリオットが合図をする。控えの間からばらばらと兵士がなだれ込んできて、ラケシスの周りをかこんだ。
「…最っ低」
兵士たちの体の影から、ラケシスは歯を食いしばるような声で言った。エリオットはそれをあえて聞き流し、兵士たちに
「その姫君を寝台の上まで移してさしあげろ」
といった。兵士たちの手がいっせいに伸びる。最初の数本は払って逃れようとすることもできたが、やがて、四肢のひとつひとつをつかまれ、まるで何かの袋のように、ラケシスは寝台に投げ上げられた。
「なっ」
声を荒げようとしたラケシスだが、エリオットはそののどをつかみ、ぐいいっと親指を、やわらかい肉に食い込ませた。数秒の後開放されて、彼女は激しく咳き込む。
「かはっ…かはっ」
「おとなしくしたほうが、いたい思いをしなくていいぞ」
ラケシスの目が、くっとエリオットを見据えた。
「服が邪魔だ、取ってしまえ」
エリオットの言葉が兵士たちに届く。兵士たちが、ラケシスの衣装に手をかけた。

 「あ、ああっあーっ」
のどを痛めつけられ、叫びでしか抵抗できないラケシスの体から、乱暴に衣装がはがされる。ボタンが飛び散り、縫い目がはじける。服の用をなさなくなった布地は、ご丁寧に後ろ手に彼女を戒めている。
「はは、いい格好だ」
身についているものといえば、その戒めと、ガーターに薄い靴下、そして下着ばかりだ。大ぶりの枕に体を預ける格好になるラケシスは、寝台の周りを兵士で囲まれているのを、一度ぐるりと見回した。その毅然とした顔の下で、形のよい胸が、やや興奮したように上下している。エリオットは、その乳房に、ことさらに視線をおとした。
「大丈夫だ、こんなやつらの相手はさせん。
お前は今から俺が相手してやる」
「いやよ…そんなの」
痛むのどを絞るようにラケシスはいい、にじってくるエリオットから逃れようとする。しかし、手を拘束されて均衡を保てない体は、すぐにべったりと寝台につっぷした。エリオットは彼女の足首をつかみ、面前で大きく広げる。
「!」
「どうせアグスティに送られれば、シャガール陛下がほっときゃせんだろうさ、その前に俺が楽しませてもらう。
俺が総大将の軍の前にお前が投降したんだぞ、当然の権利だ」
ぐるぐると重く響く声が、のしかかってくるからだから聞こえる。その手は、下着に手をかけていた。脱がすのももどかしいのか、必要な部分を横にずらしただけで、そこに硬いものが押し当てられる。
「い、いや、ああっ」
ラケシスが身をそらせてエリオットを蹴り飛ばそうとする。
「わっ」
一度はエリオットもそれに圧倒されかけたが、すぐに
「ああ、悪いことをしたな」
と笑った。
「恐れ多くも姫君の処女だ、ありがたくいただかんとな」

陣中で、エリオットは眠りこけている。一度眠ってしまえば、目の前で魔法が炸裂しても起きないだろう、えてしてそういう人物である。
こういう場合の例に漏れぬ大いびきに集中を乱された護衛の兵士が、天幕の中を見て
「あーあ、戦場の真ん中で高いびきかよ…たいしたご身分だ」
とつぶやいた。おおよそ王子とは思えない御しがたい性格とそこそこ十人並みの容姿でも王子は王子、エリオットが正気でないから言えることである。そこに
「報告、報告!」
と、別の兵士がかけてくる。護衛の兵士は、その前を槍で遮って
「あいにく、エリオット様はお休みだ」
と告げた。
「それに、そんな急いだ報告は、ほかのジェネラル方のほうが役に立つと思うぞ」
「…そういえば、そうだよな」
報告の兵士もがっくりと肩を落とした。
「ああ、あれを見ろ」
護衛の兵士が、天幕をそっとあける。時々、「うへ、うへへ」と寝笑いながら、簡易寝台から転げ落ちそうなエリオットの姿を見て、二人はふうーっとため息をついた。
「ノディオンで動きがあったから報告に来たんだが…そうする気も失せた」
「その方がいい。無理に起こして八つ当たり食らいたくなければ」
「二しても、どんな夢を見てやがるのか…」
「このバカそうな王子のことだ、絶世の美女とかいうノディオンの姫を、あれこれやってるんじゃないか?」
「そんなところだろうな」
「さあ、ジェネラル方のところに行くとするか」

エリオットが「たっぷりと処女を堪能してやる」というのを聞いて、さしものラケシスも
「そんな…」
顔色を失ったようだった。
「諦めるんだな、今ここで俺のものになってアグスティでの味方を手に入れるか、このままアグスティに乗り込んで、戦犯のレッテルを貼られたまま、贖罪の道としてシャガールの妾
の一人になるか、今のお前にはそれぐらいの選択肢しかないんだ」
自分でも奇妙なほど、今のエリオットは能弁に見えた。しかし
「ノディオンはもう許されることはないんだ、だから、その」
すぐ言葉に詰まる。頭の回転が落ちてどぎまぎするエリオットの前で、ラケシスが突然
「うふふふ…」
笑い始めた。
「何がおかしい」
そういぶかしむとラケシスは、
「そんなこと、私がいちばんよくわかってるわ」
と言った。
「アグスティに行って弁明をしても、兄はどうせ処断だわ、よくて幽閉されるでしょうね。アレスが王になるといっても、あんな子供に何もできる訳もなし…アグスティのいいなりになるのが関の山だわ」
「お前、いったいどうしたんだ」
さしものエリオットも、ラケシスの変貌に腰が引き気味になっている。小憎らしいほどノディオンと兄に張り付いていた彼女が、投げやりな物言いなど信じられなかった。
「ねえ、この手をほどいてくれる?」
と頼まれるままに、後ろ手の戒めを開放してやる。ラケシスは手首の様子を確かめながら
「どうしたの、私を好きにするのでしょう?
 あなただろうがシャガールだろうが、今の私にはかわらないわ」
と言う。

 まともに聞けば、それは身もふたもなく、結局はエリオットをののしり飛ばしているのと同じことだったが、エリオットにはラケシスが形はどうであれ自分との情事を諒解したという事実に、我を失いかけていた。
自分の前で、下着だけの全く無防備なラケシスの上に再び覆いかぶさり、とるものもとりあえずコトにおよぼうとするのを
「あん」
彼女はするっとその支配から抜け出し、追おうとするエリオットの首筋に腕をからませた。
「好きにしてもいいけど、少しは大切にして」
そして、耳元でささやく。
「知ってるでしょ?私、初めてなんだから」
その言葉に、エリオットはぷつんと理性の切れる音を重ねて聞いていた。


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