戻る
おもいでばなし

筆者注・登場人物と世界背景は「たしかめたくて」と同じです。その世界で仮想生活をより快適に体験するには、家を購入する必要があるということ、同居できる規模の家は、向こうの単位で200万から必要だということを念頭において、読んで下さい。

 今となってはもう昔の話になってしまったが、当時は小屋といえば二人暮らしだったのだ。
 一日一万の給料をあれこれやりくりして貯金をし、衝動買いをしては落ち込み…そういうことを繰り返し…小屋がもてれば一人前。そんなことを思っていた時期もあった。
 今でこそ大農場兼工房兼事務所でアイテムの調合や原稿書きをしているクリスも、以前は小屋を夢見るテント娘だった。ちょっといいアイテムを買うと、小屋の夢はすぐに遠のく。貯金箱を振っては、ため息をついていたのだ。

 ある日。王宮勤務から帰ってくると、自宅代わりのテントがぺしゃ、とつぶれているのを発見した。
「やだ、なにこれ」
と言うその時、テントの中でもぞ、と動くものがある。きぃ、と声もする。恐る恐る近づくと、精霊のようなものがぽん、とテントだったキャンパス地の中から飛び出してきた。
「きゃ」
その勢いにクリスはぺたん、としりもちをつく。きぃきぃきぃ、と、精霊が三四匹、つぶれたテントの上を戯れるように飛んでいる。立ち上がるのも忘れてそれを見上げていたクリスの後ろに
「ガウディ・ベル!」
と声がする。振り向くと、城の方向から飛んできたらしき人物が、ちょうど地面に足をつけたところだった。黒光りする、彫像のような翼を広げたまま。
「こんなところにいたのか、ガウディ・ベル」
全部まとめてその名前なんだろう。精霊は、一様にその人物に向かい、その背中の、黒い翼の中に吸い込まれていく。
「あ」
何食わぬ顔で翼を消し、つぶれたテントをためつすがめつするその人物に、クリスは見覚えがあった。自分より少し遅れて入国して、今日だってすれ違ったばっかりだ。
「ああ、こりゃもうだめだな」
テントの破損具合を見ているその人物に、クリスはつい声を荒げていた。
「せ、セリオスさん、それ、なんとかして!」

 新しいテントを弁償し、翌日住宅相談所に行くまでの荷物も預かるということになり、クリスはセリオスのテントに潜り込んでいる。クリスは始終ぶーたれたままだ。
「もう、使い魔の管理はちゃんとしてくださいね」
「いや、いたずらなやつらで、俺が目を離した隙にいなくなって回収し損ねたのを忘れてたようで…すまん」
セリオスが頭を下げると、差し向いのクリスにごん、と額が当たる。
「いたっ」
二人分のアイテムを置いたら、人が1人何とか寝られるぐらいの広さしかないのだから、当たり前といえば当たり前。頭を押さえたクリスと、額を押さえたセリオスと、顔をあげた瞬間に視線が合ってしまう。その視線を外して、でも外した視線のやり場に困るほど、狭い。
「テント…二人はいると狭いね」
クリスはそう言って、くっつきそうになるひざをにじって間を空けるようにする。
「そうだな…確かにこれじゃ、無理だ」
「無理って、何が?」
「ん?同居」
「そうね、テントに二人は本当、無理そうね」
気まずさも忘れて、おおように言うと、
「予定でもあるんだ?」
「そう、目の前に」
「…は?」
セリオスの言葉に、クリスの青い目がくるっと見開く。まさかこんな密室で言い逃れもはぐらかしも出来ないような場所で、こんな大切な瞬間を迎えていいものなんだろうか、
「え、えと、あの、その」
言葉にならない。
「まあ、…何かの機会があったらいつい言おうと思ってはいたんだよ…今になるとは思わなかったけど」
「…」
「別に、返事は急がなくていいよ」
と言いはするが、セリオスの身は乗り出して、今にも何か返事がほしそうな顔だ。
「うん、でも、あのね、ちょっと…考えられなくて」
「そうだな、予約でもさせてもらおうか」
そう言いながら、ぐうっと顔が近づいてくる。クリスは条件反射的に目を閉じていたが、あっさりと唇を奪われてしまった。
「!」
「誰かまた言い寄ってきたら予約済みだと断ってほしいなぁ」
と、にやり。雰囲気にすっかり呑まれて、クリスは
「…は、はい」
と返すよりない。へたりと力を失った細いからだも、やすやすと抱き締められてしまう。
「あ」
「一緒に、この世界を生きたいから、あえて、こうさせてもらった」
計画的犯行というヤツだ。しかし、それを混ぜ返すほどの機転も、今のクリスにはない。それでも、再び重ねられた唇が、する、とほかに動き出そうとしたとき、セリオスの胸をおしやって
「でもね、ここだと…テント、壁、ないもの」
と、はた目には後ろ髪の風情たっぷりと拒むだけの行動力はあった。セリオスが短く深いため息をついた。
「やっぱり、小屋は必要か」

 とっぷりと暮れていた。辺りのほかのテントも、あるいは年期の上がった住人が買った小屋も屋敷も、どれもあかりが消えて、エリアはひっそりとしている。遅く出た月はまだ明るい。
 その月明かりがさしてほんのり明るいテントの中で、セリオスはがっちりと目を覚ましていた。
 結局預けるところも無いままに、クリスは自分の傍らに眠りこけている。アイテムを退けて積んでやっと作った空間に、ねじ込むように並んで寝ているのだが…寝返りを打ってくるたびにさまざまに変わる密着度に、妄想ばかりがたくましくなってくる。
「…いくら自称十万28才ったって…こんな生殺し初めてだ」
「ふにゅ」
つぶやきに相づちを打つように、クリスがうめき、もぞ、と寝返りを打つ。セリオスの二の腕にぷにゅ、と当てられる柔らかい感触は…
「こいつ、着やせしてたのか…」
押し付けてくる胸を、何度わしづかみしそうになったか。
「このままじゃ…襲いそうだ」
しかし、小屋を建てるまで手を出さないと約束した手前、その約束を破ったら同居どころの話ではない。外で眠ろうと、テントをもぞりと這い出す。寒い季節でなくて良かった。

 そのうち、小屋が完成する。
 住宅相談所の職員が、天災よけの加護儀式を終えて帰っていくと、両手に荷物一杯のクリスがいそいそと入ってゆく。
 入ったところは居間になるのだろう、ドアの隣に大きい出窓がついているのは、そのままクリスのアイテム屋になる。それを作る条件で結局資金の半分を彼女が出したのだから、それは当然だというべきだろう。
 奥が倉庫とプライベートの空間だ。荷物の整頓がてら奥に入って、出てきたクリスの顔が複雑だ。
「あのさ、部屋って、ひとつしか、なかったっけ」
「へや?」
「そう、私達の部屋」
「一つじゃまずかったか?必要ないと思って壁ぶち抜いてもらったんだけど」
「だって、あれじゃ中仕切るにしてもベット二つも入らないし」
言いかけてクリスはは、と口に手を当てる。
「そっか、そうだった」
「また、俺を部屋の入り口で寝かせる気か?」
クリスの顔が真っ赤になる。部屋が一つしかない、ベッドが二つ入る余裕もなくていい。つまりそういうことだ。くるくるくるくる、と、クリスの頭の中が回転を始め、ついて出た言葉が
「えと…こ、これからよろしくおねがいしますっ」
背中が見えそうなほどのお辞儀も一緒だ。セリオスはそれを余裕綽々の笑みで受け、
「…ああ、よろしくおねがいします」
と言った。

 真新しい、木の香りが一杯の小屋での同棲生活は、こうして始まった。
「ぷふ」
中の掃除と荷物の整頓に、その後の時間をたっぷりつかったクリスは、すっかり汗を流して後は寝るだけの風情だ。雫をぬぐった洗い髪のまま、寝巻きの裾をつとつまんでぱたぱたと部屋に歩いてきたが、「あ」と立ち止まる。先に部屋に入ったセリオスが、もろ肌を抜いていたのに硬直した。クリスの新鮮な反応に気がついたセリオスは、じつにすまなさそうに
「すまんな、いつもこれで寝てるから」
といい、クリスはそれを見ないように視線をそらしつつ
「う、うん…気にしないで」
その隣に潜り込む。顔を合わせられず背中を向けたままのクリスの後ろからセリオスの気配がかぶるように近づいてくる。
「いい…においだ」
「そ、そう?いつもとおんなじよ」
「こうやって身近にいるからなおさらなんだな」
クリスが体をさらに折る。どうなるかわかっていても、その瞬間を迎えるのが、まだまだ不安たっぷりだ。
「えと、えと…」
何か言おうとしても、口がなかなか開かない。
「き、今日は、小屋たてるの手伝ったから、つかれたよね、おやすみなさいっ」
一気に言うだけ言って、自分はもう眠るんだと言い聞かせ始めるが…セリオスの声が耳元でした。
「確かに俺も疲れたけど、別に疲れを取る方法は寝るだけじゃあないんだよ」

 「予約、してたもんね」
「確かにそうだけど、ちゃんとした人格のある人物を、予約も何も無い」
クリスの体が、くっと後ろに抱き寄せられる。
「クリスとこうしていられるのが、単純に嬉しいよ」
エルフの長い耳まで真っ赤になる。戸惑うばかりでなんの返答の出来ない自分が、どうにももどかしい。心臓ばかりばくばくして、声もかすれそうだ。
「えと…でもでも…」
セリオスは、クリスが戸惑う理由を、自分なりに類推したようだ。
「任せて…心配しないで、いいね」
「…………はい」
こうなっては、観念するしかない。セリオスは、クリスを自分の方に向き直らせた。
「愛してる」
と唇が重ねられる。最初は軽く押し当てる程のものが、だんだんと絡みつくようなものになる。
「ん」
クリスは、最初はおとなしくそれを受けていたが、その内、手をばたばたと始める。
「どうしたの」
と張られると、クリスは真っ赤な顔と
「いろんなことするから…びっくりしちっゃた」
つるんと濡れた唇で言う。
「まあ、いろんな仕方があるしな。気にせず、これから知ってくれりゃいい」
気を取り直すように抱き締められて、クリスは小さく
「あったかい…」
と言った。

 唇が、顎や首筋に移ってゆく。同時に背中やわき腹を、ツボを探るように撫でられるが、クリスは
「くすぐったい」
きゃはきゃはと笑い声さえたてて身をよじらせる。セリオスは余裕たっぷりに
「気持ち悪くさえなければいい」
と言った。
「それを乗り越ええれば気持ちいいんだからな」
鎖骨の辺りを指でなぞる。笑っていたクリスは途端身を堅くした。
「あ」
「ん?」
反応の変化を楽しむように、セリオスは服の上から、先ごろ散々悩まされた胸に手を添える。
「いい形そうだ」
そんなことを言いながら、くにゅくにゅともみ込まれる。ぴくん、とクリスの体がはねた。
「あんっ」
自分でもその声が物慣れているように思えて、クリスは奥歯でその声を殺す。
「くぅ…」
しかし、セリオスは声の変化を聞き逃していなかった。
「多少は知ってるんだな」
声を導くように、後ろから手を回し、もみ込みながら、耳たぶをはむ。服をたくし上げられて、直に触れられる。
「柔らかい…」
ため息をつくような声が、耳元に吹きかけられて、クリスの肌には鳥肌が立つ。
「ん」
そののどがひくひくと震えるのをセリオスは見逃さなかった。両手におさめた乳房をせり上げるようにもみしだく。
「声出しても、いいよ…
意地悪く言いながら、堅くなった先端をつつく。
「で、でも…んっ…はずかしいから…」
眉をしかめて、その感触に絶えるクリスだが、
「俺しかいないんだから、いいだろ」
セリオスは、横ざまに顔を向けさせたクリスの唇を吸い、つついていた突起をつまみあげた。
「んんっ」
また、はねるような反応が有り、離れたクリスの唇から、
「…ぁあ…ふぁぁ」
声が上がった。


次へ