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背中越しにラケシスの体の熱さが伝わってきて、自分の体温と同じになるのに、さほど時間はかからなかった。脱いだ服やローブで取り繕ってはいるが、例の部分は服の中で牙をむいて暴れるときを待っている。 こんな状況になって帰れるものか。そうは思いながら、フィンはもう一度だけ、退室の許しが出るよう、切り出してみる。 「王女…」 「何?」 「あまりおいたをなされては…困ります」 「困らせてるんだもの」 「私も一応男なんですよ」 「ええ、わかってるわよ」 そういうラケシスを振り返ってみれば、彼女は離した手を椅子の空いているあたりについて、腰から下をしなりと曲げて座っていた。その夜着といえば、どんなつもりで選んだのか、刺繍だけをまとっているような、体の線がまるで見えるものだった。 よく、言いたいことが顔に書いてあるというが、この場合は体に書いてある、と言うべきだろう。自他共に認める鈍感の朴念仁が、やすやすと読み取れるのだから。 フィンは長くため息をついた。 「…そういうことならば、」 そして、彼女の手を取り、腰を滑らせて、ちょうど、二人がけの椅子に寝かせたような体勢になる。もちろん、フィンはその上にかぶさるような感じだ。 「襲いましょうか、このまま」 はしばみの瞳を見つめながら言うと、ラケシスの頬が真っ赤になってくる。 「だめ…あっちにつれていって」 寝室へか、抱き上げてほしいように伸びてくる手を手で制して、 「その時間も惜しい。貴女が今何をお求めか、わからないほど私も物知らずではないのですよ?」 それでも何か言いたそうな唇を、もう何も言わせないように唇でふさぐ。しかし、それは「ふさいだ」だけであって、それ以上は何もない。 唇の中も愛撫してもらいたいように、ぽってりとしたラケシスの唇の間から舌先がのぞいているのを完全に無視して、フィンは彼女の夜着をたくし上げてゆく。太ももの付け根まで裾を上げてしまって、一度、その場所を確認するように体毛をなで、その奥に指をしのばせる。 「んっ」 ラケシスが首を震わせた。それこそまさに彼女の秘密の花園は、たっぷりの蜜に浸っていた。 「…私がして差し上げることは、何も必要ないようですね」 あえて突き放すようないい口で、指を増やしてゆっくりと抜き差しする。 「んふっ…くぅっ…」 声を出したくても、唇はふさがれて、ラケシスは少し苦しそうに鼻で喘ぐ。指が深く入るたびに、ぴく、と震えてしまう。唇が開放されたのがその瞬間に重なって、ラケシスは思わず 「あっ」 と声を上げていた。そこにすかさずささやきが。 「私の指においたをなさいますね」 「だって…もうどうにかなりそうなの…お願い、ふつうに…して」 「今夜ばかりは仰るようには出来ません」 「なんで?」 「私も耐えたのですよ、その程をご存知いただきたい」 指の抜き差しが速くなる。しかし、ラケシスが音を上げようとすると、その動きが緩やかになる。こんなじらされ方で潤いは止まってしまうかと思ったが、いつにないあしらいで滴り落ちそうになっていた。 もちろん、こんなあしらいを受けるのは初めてだ。普段なら、フィンは諾々とラケシスの望むようにする。言葉でなくても、目やしぐさで察してくれる。それなのに今日に限って、彼は何の配慮もない。でも、その配慮のなさが、なぜかしら琴線にひびく。 「んんうっ」 椅子からこぼれおちるように投げ出された脚が、ぴく、と震える。落ちないように、フィンの肩に絡めていた指がきゅ、と握られた。唇が外されて、紅の薄く移った彼の唇が、耳元で囁く。 「いけないお方だ」 そういわれながら、指がそっとぬかれると、ぴたり、と、床のじゅうたんに一滴落ちる。 「だって…我慢できなかったの…」 目じりに涙を潤ませてそういうと、彼は椅子の傍らに膝をつき、彼女の肩と、素肌の膝裏をとる。ふわ、と抱き上げられて、椅子にぽつりとしみがあるのを、見たくないように顔を背けた。 寝台の縁で、フィンの膝の間に尻を落とすように座らせられて、ラケシスは、彼の膝上まである靴を脱がせようとする。 「もう、何でこんな厄介な靴なんか履くのよ」 「それは、制服ですから」 彼はあっさりといって、 「これで気をおそらせになるおつもりなら、無駄と言うものですよ」 と、すでに腰の辺りまで上がっている夜着のすそから上に、手が伸びてくる。 「お体は続きを求められてる」 耳の下辺りから、耳たぶまでを唇が動き、あの水晶の耳飾りを軽く、かし、と噛む。息がふう、っと耳に届いて 「あ」 ラケシスの肌に、軽く鳥肌が立った。でもそれは耳だけのせいではない。同時に、乳房の片方を軽くつかまれた。メイドに立てられてしまったその先を手のひらではじくようにしながら、やわやわと揉みこまれる。 「んぁ、は、あぁ」 ラケシスの声が上がるのを、今度はフィンは妨害しない。その声が、彼への見えない愛撫になっているのだ。 「変よ、…あなた、こんなに上手だった?」 翻弄されるいぶかしさがつい声になる。 「実は、貴女のおいででない間に、メイドに少し」 「うそっ!?」 フィンの返答に我に返るラケシスだが、フィンの顔は、この状況の割にはずいぶんと冷静だ。 「嘘ですよ」 と言う青い目は、確かに嘘をついてる風ではなかった。 「意地悪」 ラケシスは身じろぎして、フィンの膝の上から逃れようともがく。しかし、腰に手を回されて、脚をばたつかせることしかできない。 「嘘でないことは、貴女のお手で確かめてみればよいことではないですか」 彼は言って、背中に手をまわした。 「…ふぁっ」 滑らかな背中の肌をすう、となでられて、指が、背中の一点を押さえる。 「あんっ」 まるで、秘密の場所でも探られたよう艶かしい声が出てしまう。 「あ、あ…ん、あはぅ」 聖者の末裔の淡いしるしの輪郭が指でなぞられる。ラケシスは、フィンの首にすがりついた。 まだふたり、何も知らないときに、この場所に触れられたとき、ものすごく不思議な感じがした。それが情事の快楽とは最初わからなくて、でもわかった後には、なかなか燃え立たないときの最後の場所になっていた。 閑話休題。ラケシスの顔は難なく、のぼせたように赤くなり、体中が心臓のように脈打ち始める。 「だめ、そこ…またおかしくなっちゃう…」 「いくらでも乱れてよろしいですよ。私はあざ笑ったりなどいたしませんから」 二人の体がぴたりとふれあう影の方で、ラケシスの空の手が、フィンの胸板に導かれる。重量のある槍を馬上で扱い、振り回す遠心力に鍛えられた上半身は、しかし、みたほどには主張しておらず、ただ、触れれば、その堅さで膂力のほどがわかる。ラケシスは指を下に向けて、手をする、とおろした。腰に一つあるボタンを外されて、できている隙間にそっと忍ばせる。体毛に触れるかどうかと言うところに、もうその存在感はあって、指先で触れると、フィンの脚の筋肉がぴく、と動いた。 もう服は必要ない。体を覆っていたものは全部外してしまっても、部屋は十分に暖かい。 「あっ、ふぁっ …ひぁ…ぁん」 まだ寝台に横たわらず、ラケシスはばら色の肌を唇でついばまれながら、花びらの芯を責められていた。 「ここをお慰めするほどに、貴女はますますお美しくなる」 などと言うささやきが耳に入っているのかいないのか、腰さえ揺らめかせて乱れている。しかもその片手は、フィンの抜き身の槍をさすっていた。拘束する服がなくても、その角度は変わらない。男のモノが何をもって平均で、彼はそれから見ればよいものなのかそうでないのか、ラケシスは当然知るはずもない。ねだるような声を上げながら、ただ、指あしらいに乱れるよりなかった。 それが一旦止まって、 「最初だけ、選んでいただきましょうか」 「…ふぁ?」 「いつものようになさいますか、それとも?」 たずねられることなど初めてだ。ラケシスはしばらくの逡巡のあと、目じりを染めた頬をフィンの胸板に寄せた。 「いつもみたいに…ぎゅって、抱きしめて…」 新調された羽根枕の、さらりとした布の感触が、うなじから背中に感じられる。一瞬の間があいた。ラケシスは自分からその場所に手を伸ばし、滴るような潤いを指に取る。とろりとしたものが、彼女の二本の指の中で、長く糸を引いた。 「こんなに…濡れちゃった…」 自分の興奮振りが視覚から伝わって、ラケシスは少し恥ずかしくなる。その指を、身を寄せてきたフィンがためらいなくくわえ、潤いをなめとってしまう。 「あ、そんなこと」 「今の私には、こんなこと何でもありません、いっそご自身をそのまま食べてしまいたい」 膝頭をおさえ、左右に開くと、ラケシスの秘密の場所はすっかり濡れほころんで、花びらがここよ、ここよ、と囁き返しているようだ。 なんとか主導権を握ってきたが、この先はどうなるかわからない。一つ、深呼吸をした。そのとき、ラケシスの手が伸びてきて、自らの花を掻き分けて、その入り口をはっきり示す。思わず顔をあわせると、はしばみの潤んだ目が、自分を切なげに見つめていた。 「いかがされました」 多分、脚を広げられたままなのが、じらされているのかと勘違いしたらしい。 「欲しいのって、泣いてるの…」 そのままを直接あらわす恥ずかしい言葉など言った覚えもないし、本人もあまり知らない様子だった。それでもあいた手で半分顔を隠して、ともすれば彼女も泣き出しそうだ。 「それならば、お慰めいたしましょう」 体の下の手を、指が絡むようにしっかりと握って、位置も角度も覚えた場所に、ゆっくりと腰を沈める。 全部、入った。 「あ、あは… へんなの…」 体を震わせて、ラケシスがつぶやく。 「一番最初、あなたの方が泣いたのに…今度は…私が…泣きそう…」 「今は何も、お考えにならなくてよろしい」 ゆっくり抜き、縁でとめて、とん、と突き込む。 「ひぁんっ」 ひときわ高い声が上がる。 「あっ あんっ ふぁっ…きゃっ」 突き込みはじきに速く、深くなり、二人が握り合う手に力が入る。ラケシスは、背中をそらせて、もっと奥を求める。汗ばむ体と、唇も重ねて、至極の遊戯は佳境へと、一気に流れ込んでいく。 「ん、ん、んぅ」 ラケシスが、何か言いたそうにかぶりをふった。唇がはずれて 「あぁ…ぁぁぁ」 息を引く。足指を丸めて、襲ってくる波に耐える。食いちぎるような締め付けが、フィンの目の奥で火花になる。腰を引くと、引き絞るようで、突き込むと、吸い込まれるようで。 絶頂の予感がよぎった。しかし、月は満ちていなかったか。そんな時、ひっそりと自分の部屋にやってくるラケシスは、何故だか「外に出して」と言うのだ。なにかのまじないだろうか。今夜もそう言うだろうか。動きをやめて、彼女の正気を促す。嬌声を上げていた唇を閉じ、うっすらと目を開く。彼女は、絡めていた手を解いて、両腕をフィンの首に掛けた。そして、目を閉じる。 何も言わないとき。それは、そのまま彼女の中で果ててよいという無言の合図だった。 許された。ラケシスのうなじの下に手を回す。唇を一度、舌を絡めるほど深く重ねて、深くつく。 「あ!」 ラケシスの声が高くなった。 「はぁ…あっ! ぁは…ぁぁ!」 体をしならせて、つながっているものをより高みに導いてゆく。胸板にすがりつくようにして、心底からの安堵した声をあげている。その首筋に顔をうずめこんで、突き込む。 どくん。 「!」 「…ぁ…」 ラケシスは、それを、からだの奥で聞いていた。望んで、許して、そうして感じるこの射精の脈動が、こんなに心地よいとは思わなかった。体を離そうとするフィンを、膝を閉めてとめる。 「もう少し…このままでいさせて…」 腰がけだるい。しばらく、起き上がりたくなかった。しかし、お互いは、まだ熱くなめらかで、そして堅い。 「では」 フィンはラケシスの脚を抱え、そのまま反転する。 「あら」 余韻がさめたような声で、ラケシスが言う。 「この格好、あまり好きではないの…」 「今なら、多分お好きになれますよ」 互いの両手を握り合うと、寝台のばねの勢いを使って、そのまま真上につきあげる。 「あん」 ラケシスがなまめいた声を上げた。 「あ、あ」 「普段ご騎乗なさるように、うまくお体をお使いください、そのほうが安定します」 「そんなこと、誰が教えたのよ」 「いつもの筋です」 「ん、もう」 そういいながらまんざらでもなさそうに、ラケシスは真下の馬を乗りこなそうとする。 突然。 「ひぁ」 ラケシスは声を上げた。今まで底だと思っていたものが、さらに沈む。沈みすぎると、奥底を叩かれているようでこの姿勢は好きではないといったのだが、今夜はその奥底に当たる心地がちがう。 「な、なに、これぇ…」 腰の力が入らなくなるほど、自分にはこんなに感じる場所があったのかと、戸惑いながらも、声だけは上がってしまう。 「あ、あ、あ…あんっ」 倒れこみそうになるのを、軽く腕で押し返す。 「少し前に傾かれますと、また違うようですよ」 「んっ」 今度は、ぴりっとした刺激だ。肌の色とほとんど変わらない体毛の隙間から、秘密の花びらが見え、その芯が顔を出している。前傾すると、その芯が、フィンの体毛にこすれるのだ。 もう彼は動いていない。しかし、ラケシスの腰は止まらない。奥底の疼きを感じ、芯をこすられるたびに艶かしく動く腰が、充分に彼の硬度を保たせていた。彼女の好き嫌いを思って遠慮していたのが、まさかこうなるとは。その感動は彼だとて同じである。 「ぅ」 そう思っているうちに、また先端に熱さが凝ってきた。 「少し、駆けますか」 そういって、また腰を使い始めると、 「ああ、だめ、そんなにしたら…ふぁぁ」 ラケシスがいやいやと首を振るようにその快楽をもてあます。指をさし伸ばして、秘密の芯を押さえると、彼女はぎゅうっとくわえているモノを締め付けた。 「いっしょにしたら、だめ、だめぇ」 そんな訴えも、聞こえればこそ、である。フィンが奥歯をかんだ。 「ふぁぁっ」 びく、と衝動を感じて、体の奥が熱くなる。さっきと変わらない熱いものが、直接奥底を焼くように噴き出されてくる。脈動の余韻を楽しむ余裕もなく、ラケシスが倒れこむと、充分にかき混ぜられた二人の体液が、こぽりと、あふれてきた。 結局翌日の模擬戦闘界も、二人して壮大な遅刻をして、大層に冷やかされる羽目になったわけだが、その午後に、 「ラケシス様、狩場まで遠乗りいたしませんこと?」 とエスリンが誘ってくる。ただ部屋の中にいるのも退屈なので、その誘いに乗ることにした。 引き出された馬にひらりと乗り、 「では、参りましょ」 の声にあわせて、二人は馬を進める。揺られているうちに、ラケシスは、 「あ、この動き…」 馬に揺られてるときの体の均衡のとり方は、まさに、あの時と同じなのだ。誰がそんなことを彼に教えたのか、予想がつくにつけても、ラケシスは昨晩の出来事が恥ずかしくなってくる。 「もう、ひっぱたいてやろうかしら、あんまり変なこと教えないでって」 「何かおっしゃいまして?」 隣のエスリンが不思議そうにたずねるが、ラケシスは 「なんでもないですわ」 と言う。 「昨晩といい今日といい、お疲れのようですから、すぐ帰りましょうね」 百も承知のエスリンは、にっこり微笑んで、馬をとめてしまったラケシスを置いて、先に行ってしまった。 「まさか…」 あれを教えたのは、自分の考えるスジではなくて、もしかして? ラケシスはそのまま、雪の踏み固まった道に立ち止まってしまった。 2005年聖し夜に。 |