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君の中で踊りたい
(前提として、「となりでねむらせて 逆襲のエリオットver.」を」一読いただけるとより味わい深いかと思います) コトは大どんでん返しのあった、その夕方から始まる。 夕方の会食もどこに入ったかわからない風情で、ラケシスは鏡の前で髪を結われている。 「本当に、姫様がこのお部屋をお出になってしまったときには、私達はどうしたものかと思いましたわ」 鏡越しに、髪の流れを整えているのは、メイド長のマリー。ラケシスがばあやと慕う侍女が いないときは、彼女がラケシスに関しての一切を取り仕切っている。 「まさか、私達が口を出してすむことではございませんでしょう、本当にこれきりなのかと、私達は随分心配いたしましたのよ」 「…もう、元に戻ったんだから、その話はもういいじゃない」 ラケシスがそういうと、マリーは、ラケシスの髪をくるりと結い上げて、軽くピンで押さえ始める。 「とんでもない、本来なら私達がなさってしかるべき朝のお世話を、騎士様にさせてしまった私達がいけなかったのですわ。 あれから私達は、マグダレナ様にずいぶん油を絞られましてね… そのうちに、騎士様の脚が遠のいてしまわれるでしょう?」 「…だから、それは私が勢いでそうしちゃったことだから」 「アイリーンなど、もう目に見えるほどに落胆して… あの凛々しい騎士様をもうお見受けできないのかしらって」 ね、アイリーン。マリーは振り返って、小部屋の準備をしていたアイリーンに声をかける。 「なんですか、マリー様」 「どう? 今の気持ちは。お気に入りの騎士様が戻っていらっしゃるのよ」 「わ、そ、そんなこと、姫様の前で仰らないでください、姫様と私とじゃ、もう、月とスッポンなの、わかってるじゃないですか」 「あら、アイリーン、随分弱気なこと」 マリーはころころ笑いながら、 「ヘルガ、手伝って、姫様の服を替えますから」 「はい」 ドレスの背中の紐を解き、パニエをはずす。ラケシスは鏡を見て、 「少し、太ったかしら」 と、自分の体を右左にねじってみた。 「ビスチェの結び目の長さは変わっておりませんから、全くそんなことはございませんよ」 朗らかそうなマリーとは正反対の、冷静な口ぶりでヘルガが言う。そして、そのビスチェの紐をぐい、と引いた。ビスチェの圧力に負けない自然な上半身のラインが現れる。それはすぐに、浴衣で隠される。 「お湯の準備は整っておりますわ」 と、マリーが行った。 「姫様がお好きな薔薇の香りにいたしましたから」 部屋にはいくつかかくし扉があり、雑多な用途に使える小部屋に続いていた。いうなれば、生活感のあるものはすべてその中と言うわけだ。クローゼットだけは、服の趣味を披露するわけだから、少し気をつければ見つかるように扉がついているが。 とまれラケシスの入った部屋は、今は浴場である。浴衣の下に最後までつけていたドロワーズを脱ぎ、浴衣もはずされ、香りの高い湯の中にゆっくりと体を沈ませる。 「ふぅ」 ラケシスはついほっとしたため息をついた。 「ねぇマリー、ばあやはどうしたの?」 「マグダレナ様なら今日は一日お休みとかで」 「珍しいわね、ばあやがお休みなんて」 とラケシスは言ってみるが、たぶん誰かの差配があったに違いない、指を折って数えていけば、ばあやは絶対だめ、と言い出す頃合いだったからだ。 「ねぇ誰か、ばあやがどうしてあの人をここに入れてはダメって日があるの、理由知っている人いる?」 と聞くと、 「一応、ここにおるものはすべて聞かされておりますが」 と、結った髪を解きながらヘルガが言う。 「マグダレナ様は姫様のお体にとても詳しくておられて、姫様のお体を月にたとえてご説明なさいました」 「そうね」 「月が欠け、新月といえば、姫様には月の障りがございましょう」 「ええ」 「マグダレナ様がむしろ注意されておられるのは、ちょうど今夜のような満月にあたる時間だと」 「そうなの」 ぬるめた湯で髪を流し、薔薇の香りをつけた泡が、ラケシスの髪を覆う。 「でもなんで、そこを注意しなければいけないのかしら」 「…それは私の口からは」 ヘルガが言いよどむのを、アイリーンが受けた。 「姫様、私、ばあやさんに言われてから、自分の月のことを調べてたんですけど」 「あら」 「障りの真逆のときって…時々、自分からお願いしたくなっちゃうほど殿方が恋しいときがあるんですよ」 「あ、それわかる」 ラケシスは、思わず、まるで友達と話すように相槌を打った。 「なればこそ、姫様の気品を守られるための、マグダレナ様のご配慮だと思います」 ヘルガが、ぼそりといった。泡を流し、香りをたらした湯ですすぎ、布で叩くように髪を乾かしてゆく。 「まあ姫様、お体も薔薇のように真っ赤」 マリーが入ってきて、ラケシスに耳打ちする。 「騎士様、おいでになりましたよ」 「うそ!?」 ラケシスは浴槽から身を起こしかけた。 「少し、早すぎるわ、支度が終わってない」 「明日、模擬戦闘会があるそうで、姫様もご出席なさりたいご様子だから、ご挨拶だけ、と」 「だめ、だめ、そんなのだめ!」 絶対ダメだから! つい声を上げてしまったラケシスに、マリーは 「はい、ではそのように申し上げて、お部屋でお待ちいただきますね」 寝室の支度をてきぱきと指示し、自分は来訪者の相手をするために、マリーはまた部屋を出てゆく。 ほんの十何歩のところでこんな生活感丸出しなことをしている自分が妙に恥ずかしい。 さっきアイリーンに同調してしまったのも、考え直してみれば相当に恥ずかしいが、その来訪を知った途端、ラケシスは顔まで真っ赤にして、ともすればのぼせ上がりそうだった。 「姫様」 そのアイリーンが顔を出す。 「お体流しますね」 「どう、久しぶりに見たあの人の顔は」 と、全身を泡に包まれながらラケシスが聞くと、 「もう、あの真っ青な瞳で、私、脚の力がぬけそうでしたわ」 とアイリーンがため息をつくように言った。 「ダメよアイリーン、私がダメな時にあの人誘惑したりしたら」 「いたしませんわ、他の騎士様ならともかく…」 「え、アイリーン、そんなことしたの?」 「ええ…ちょっとだけ」 「勇気あるのね…私、そんなこと出来ない」 「姫様はそんなことなさらなくたっていいんですよぉ。 こんなこと話したなんてばあやさんに言ったら、私このお部屋に出入りできなくなっちゃいますから」 マリーたちの声が笑いを交えながら聞こえて、その合間合間に、来訪者の声が静かに聞こえる。 「ああ、いいお声」 アイリーンがラケシスの背を流しながら言った。 「あのお声が囁きだったら、私どうしましょう、姫様がうらやましい。 お言葉に少しレンスターの響きが残るのも」 「アイリーンたら欲目なんだから、何でもよく見えるのね」 「だってお素敵な方じゃないですかぁ」 アイリーンが困ったような声を上げる。 「姫様、騎士様はどういう風に姫様をお相手してくださるんですか?」 ラケシスはにわかに顔を赤くして 「秘密よ、秘密。そんなこと言えない」 「もしかしたらこんな風に」 しかしアイリーンはやおらラケシスの体を流していた海面を浴槽の中に放り出して、彼女の体を、へその辺りから胸の下まですうっとなで上げた。 「きゃ」 「優しく触ってくださるんですか?」 手が二本に増え、ラケシスの両の乳房を丸く撫でる。 「長くお呼びがなくて、もうお見限りなられたかと、姫…とか仰ったりして」 「あ」 湯で程よく温まったラケシスの肌は、そうした刺激にとても敏感になっていた。アイリーンは陶酔したように、その胸の先をつつく。 「あ、姫様のお体、もうこんなになられて」 「アイリーン…もうやめて、のぼせそう」 「ダメですよ、肝心なところをまだ綺麗にしていないんですから」 ラケシスは、今まで自分が頭を乗せていたところに、うつぶせに寄りかかるようにされた。香りよい泡の海綿が、滑らかな白いまろみをなで上げて、 「失礼いたします、姫様」 アイリーンの指が、産毛のようなラケシスの体毛にそっと触れて、器用にそのヒダを左右に分ける。 「まだ何もご存じないようにお綺麗で」 アイリーンがそう小さく呟きながら、指の腹でそのひだの中を撫でる。 「あんっ」 ラケシスの声がつい上がる。のぼせかけて、自制を失いかけていた。 「ああ、ダメですわ姫様、お綺麗にして差し上げたくても、どんどんと…」 そういいながら、アイリーンはひだの中を満遍なくなで上げる。細い指がそっと忍びいれられて、湯なのかそうでないのか、潤いが一滴湯の中に落ちる。 「あ、そこ、だめ、だめぇっ」 ラケシスの声が上がる。接待をしていたマリーたちの声がやんだ。 「アイリーン、何をしてるの、あまりお湯が長いと、姫様がのぼせて…」 と、様子を見に来たヘルガが、声にならない叫びを上げた。 大急ぎで体の泡を流されて、事前にラケシスが選んでいた夜着に腕を通されている間、ラケシスはすっかりのぼせあがったのか、ぼんやりとして全くされるがままだった。 「すみません、アイリーンが余計なことを、あまり長いのと、姫様のお声が聞こえたものでしたから、ヘルガに様子を見に行かせたら…」 マリーが眉根を寄せるが、ラケシスは 「だいじょうぶ…アイリーンを、あんまり怒らないであげて…」 とほやほやした声で返した。マリー達が支えてあげないと、自分で背筋を伸ばしていることさえできない。全く、昔の吟遊詩にある、美女の湯上がりの風情そのままだった。 少し時間を前に戻す。 翌日の模擬戦闘会のために、今夜はできれば休養をとりたい。そんなフィンのささやかな期待は、それよりも大きい危惧により裏切られた。 部屋付きのメイドが確認を取りに行った先で 「そんなのだめっ!」 の声である。どうやら、今夜はこのまま帰れそうにない。 戻ってきたメイドは 「姫様もああ仰っておられますから、どうぞ、しばらく…少しの間のお話だけでも」 さあさあと、追い立てられるように部屋の中に入れられて、茶菓の接待を受ける。この部屋のメイドは、ばあやと彼女の慕う古い侍女が寄り抜いただけあって、話にも教養や機微があって、ありていに言えば、抜け出る隙間がない。 その会話が途切れて、一人が 「姫様、遅くていらっしゃいますわね」 「お湯にあたられてしまったかしら」 立ち上がる同僚に 「ヘルガ、様子を見てきて」 と言って、今度はフィンに笑んで言う。 「騎士様の久しぶりのおいでなので、姫様も恥ずかしくてらっしゃるのかもしれませんわ」 「はぁ…」 どうせ、へんな取り繕いをしても、いつきても誰かが一晩中控えている部屋である、フィンは返答なく俯いた。と、 「あ」 と、背中のほうで声がした。 「あ、そこ、だめぇっ」 かすかだが、あれは確かに彼女の声であった。思わず、持っていたカップを落としかける。その後、見に行ったメイドの、 「アイリーン!」 の声の後は、もう何がなんだかわからない。メイドたちが全員そのほうに走っていった。 「ああ、こんなにのぼせてしまって、ジェシカ、姫様を立たせて、流して差し上げて。コリーン、お体を拭く用意と、お寝間を」 「アイリーン、なんてことをしたの」 「だって、姫様があんまりおかわいらしくてつい…」 「だからって」 「あ〜、ヘルガぁ…アイリーンをあんまり怒らないであげてぇ〜」 メイドたちの声に混ざって、正体を失ったようなラケシスの声が聞こえてくる。 しかし、さっきのあれはなんだったのだろうか。早く来すぎて、ひょっとして自分は、知ってはいけない王女の隠れたご趣味でも知ってしまったのだろうかと思う。いやでもまさか、侍女をお相手に… かぼんっ フィンの頭が爆発した。 そこから先は考えないようにしよう。雪に凍りついた部屋の窓を無理矢理開けて、外の冷気に当たる。落ち着け、落ち着くんだ、自分は幻聴を聞いたんだ、そんなご趣味などお持ちでないことは自分がいることで何よりの証拠ではないか、いや、しかし、人の話には、どちらでも構わない方もまれにはおられるとか、まさかいやしかし。 かぼんっ 思考回路がショートして、それ以上はとにかく何も考えないことにした。 「まあ騎士様、そんなに窓を開けてしまわれては、お風邪を召しますわ」 メイドが声を上げたので、やっと窓を閉め、振り向く。立っていられなくて、座らされたのだろう。二人がけの椅子の片方に身を預けて、ラケシスが 「お待たせぇ」 と小さく手を振った。 「ちょっと、のぼせちゃった」 薄紅色の薔薇のように上気したラケシスの体から、その薔薇の香りがふわふわと漂ってくる。 「お加減がよろしくないなら、戻りましょうか」 そうフィンが言うと、ラケシスはぷうっと膨れるような顔をして 「それはダメ。ここで帰ったりしたらら、私本当に病気になっちゃうから」 という。 「またあなたが無礼をはたらきましたって、マリーたちを使って言いふらしちゃうから」 「そ、それはご勘弁ください」 「じゃあ、座って」 「はい」 側にある椅子に腰掛けると、ラケシスは、 「違うの、こっち」 と、自分の椅子の空いているところをさす。 「よろしいのですか?」 「前はしてくれたじゃない」 「では…失礼します」 フィンが隣に座るなり、ラケシスはそのローブをはずそうと、徽章をひっぱったりローブをひっぱったりする。 「わ、わ、何をされますか王女」 「見せてよぉ」 「何をですか、仰ってくださらないと」 「今日の傷跡」 「見ても、何も面白いことはありませんよ」 「いいから」 切り傷刺し傷ならともかく、打撲傷でついたアザをわざわざ消すようなことは、普通しない。フィンが制服とその下のシャツをとると、腕や体ののあちこちに、薄黒い跡がいくつか残っている 「ほんとに、最っ低だわ」 その一つに指をあてて、ラケシスは忌々しそうに言う。 「こんなにアザつけて。骨でも折ってたら私、もっと早く飛び出してたわ」 そんなこと話したら、余計回りをややこしくするだけではなかったのだろうか。フィンはそう思ったが言わずにおいた。と、アザの一つに、ラケシスの平手がぺちっとあたる。 「でも、このアザは、私がさびしかった分だけあると思ってね」 「…」 だんだん湯あたりから冷めて来たのか、ラケシスのいい口は、微妙に神妙だった。俯き加減の顔が、ばらばらばらん、と、フィンの琴線という琴線を盛大にかき鳴らす。 「…私、やはり戻りましょう。明日の模擬戦闘会の勝利は、すべて王女にささげます」 そう言って、無理矢理にでも切り上げて、帰ろうかと思ったが、…遅かった。立ち上がれない。 それでも冷静を装って、シャツをひろげたところで、背中にぷわ、と暖かいものが当たってくる。 「!」 「帰っちゃダメ」 顔色でもう湯辺りからさめたかと思っていたのに、体のほうはまだまだのようだった。と、いうか、これは… |