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本当に危険な彼女・2

#2:羊ちゃんの逆襲

「何があったの、ナンナ?」
というリーンの質問に、ナンナはあったこととそれまでの問答を全部リーンに繰り返す。
「そうなんだ、リーフ様が」
あらためて話をすることは、今度は少し恥ずかしかったのだろうか、ナンナは目じりを染めてうなずく。
「あなたでしょ、リーフ様にそんなこと吹き込んだのは」
「いずれ食べる羊の味見ぐらい、したって別におかしかないだろ」
「悪い人」
リーンはそう笑って、
「それでナンナは、リーフ様に何をしてあげたいの?」
と尋ねる。
「やっぱり、リーフ様は我慢されているんだと思うの。何とかしてあげたいのだけど、『大丈夫だよ、すぐ収まるから』って強がられてしまって。
 アレス様は、『自然に引くのを待つより、早く落ち着かせる方法がある』っておっしゃるの。
 ねぇリーン、どうしたらいいの?」
「どうしたら、ねぇ」
リーンは、少し首をかしげた。それからアレスを見るが、アレスは笑うだけで助け舟を出すつもりはないようだった。
「意地悪」
リーンはそう呟いて、彼の傍らにある魔剣をしげしげと見た。
「そうねぇ、手ごろかしら」
そういって、
「アレス、ちょっと借りるわよ」
ずる、と魔剣を引きずってくる。アレスは
「おい、それをどうすつもりだよ。抜くなよ」
「抜きませんよ。
 たしかに抜くけど、フリだけ」
リーンはそう意味深なことを言い、アレスはまた頭を抱える。
 魔剣は並みの剣よりは一回りも大きい。同じ大きさの剣があれば、まず両手で使うことになるだろう(もっとも、アレスはそれを片手で振り回すから怖いのだが)。鞘だけでも、ナンナの胸先にとどくほどある。自分の手では両手で握ってもまだあまる魔剣の柄を意味深にナンナに見せて、
「ナンナは、その立っているものをじかに見たことがある?」
リーンが尋ねると、ナンナはふるふる、と頭を振った。
「長さや太さは人それぞれだけど、気持ちいいところはだいたいみんな同じだから、落ち着け方を教えてあげるね」
「ええ」
「…うふふ」
リーンが小さく笑い出す。
「どうしたの?」
「なんでもない、続けようね。
 意外とね、あれは敏感にできてるの。あんまり強く握ったりすると、痛いみたいだから、握るときは、優しくね。爪を立てたりしても、だめよ」
ナンナはその所作を、うんうんと頷きながら見ている。
「あとね、…うん、ちょうどいい形してる。
 先のほうは少し大きくなってて、ここは本当に、優しくしないといけないの。握れるところと違って、感じる部分だけでできてるみたいなものだから。でもね」
リーンは、魔剣の柄尻の先をさして、
「ここから、ちょっと水みたいなのが出てる時があるの。それでね、指先でその大きくなってるところをゆっくり塗るようになでてあげるといいわ。でも、その水の出てくるところは、一番敏感なところなの。ものすごく効くのよ」
懇切丁寧な説明である。しかしナンナは、頭の中でまだ正確な形もわからないリーフを同じように扱っている自分を想像して、少し目じりを染めていた。
「ねえリーン、どうしてこんなこと知ってるの?」
するとリーンはさして気にする顔でもなく、
「踊りだけじゃ食べられないときがあったから…
 でも、今こんなことしてあげられるのは、一人だけよ」
じゃあ、続き、いくね。リーンは、反応に困ることをあっさりと言い、実演の続きを始める。
ナンナはちらりとアレスを見た。アレスはたまたまナンナと目が合ってしまった、ような顔をして、咳払いともつかない声を出してあさっての方向を見た。リーンはその気配がわかったのは、くす、と笑う。
「優しく握って、優しくなでてあげるの。そうしたら、先の方が硬くなってるの。そうしたら、そろそろ出る合図よ。すごく勢いがいいけど、びっくりしないで受け止めてあげてね。
 以上説明終わり」
「ありがとうリーン。私、がんばってみる」
「一番大切なのは気持ちよ。気持ちが伝わればいいね」
「ええ」
ナンナは首いっぱいで頷いて、ぱたぱた、と、それまでリーンがいた話の輪の中に入ってゆく。
「アレス、ありがと」
見本代わりに使われた魔剣を、リーンはアレスの脇に置く。そして、ナンナの後を追おうとしたが、その腕がぐい、とつかまれる。
「何? アレス」
「…あそこまで見せられて無反応でいられる俺だと思うか?」
「…今から?」
「後でいいさ。その代わり、今夜は腰砕けても文句言うなよ」

 しかしアレスの受難は続き、二三日、魔剣を握るとなぜか腰が引けて動けなくなる情けない症状が見受けられたとか、いないとか。

 閑話休題。
 いつもはおいでと言われてもすぐには寝台に入らないナンナが、なぜか今夜ばかりはその上で居住まいよくリーフの前に座っている。
「リーフさま、今夜こそ、今までのお返しをさせてください」
「そんなの必要ないって、前言わなかったっけ?」
リーフは言いながら、ぱさぱさと掛け布団をめくり、いつものように固い抱擁と、吸い取るような接吻が始まる。ナンナは、目がくらみそうになっていたが、
「で、でも…いつまでもここまでは…申し訳が…」
なるべく正気を保ちながら言う。リーフはナンナの髪を香りをかいだり、うなじや耳たぶを甘噛みしたりしつつ、
「僕が勝手を言ったんだから、いいの。僕は、君からのお返しなんて、望んでない」
「じゃあ、じゃあ、何でこんなこと…」
服の前を少し緩められ、鎖骨や胸元にまでリーフの唇が及んでゆくのを、ナンナはため息のような深い息で、目じりを染めながら言う。
「好きだから」
リーフが顔を上げた。その顔はいたって真面目だ。
「それだけじゃだめ?」
何かもの言いたげに震える唇にまた唇をあわせて、折り重なるように横になる。
「本音を言えば、今すぐでも、君を全部食べたい。僕は腹ペコ狼だから。でも、預かってる信用は、裏切れない。
 わかってるよね」
「…はい」
口でリーフはそう言う。でも、布団の中では、例の部分が、夜着の前を突き破りそうになっている。これを落ち着かせてあげないと。ナンナはその使命感だけをいっぱいにして、その隙間から手を入れ、じかにさわる。
「!」
リーフの顔がとたん唖然として、ナンナを見た。
「お役に立ちたいんです。それともリーフ様は、こんなナンナはお嫌いですか?」
握り方を変えると、その勢いで、その部分だけが、布団の中で露出する。ナンナは、布団の中の薄明かりで、ぼんやりと、その実物を見た。説明されたとおりだ。
「だ、だめだよナンナ…そんなことしたら」
しかし、ナンナはリーフの言葉を聞き流した。手探りではあるが、伸びている部分を、ゆっくりと、握って往復させる。
「ぁ」
ナンナの肩をつかむリーフの手の力が、一瞬強まった。もう片手で、先に触れる。にじみ出る水は、水というには粘っている感じがして、ゆっくりと塗り広げてゆくと
「ぁぁぁ…ぁ」
ガラになく、リーフがのどから声を出す。
「気持ちいい…ですか?」
ナンナがそれだけ、小さく尋ねる。リーフも頷いて、
「夢見てるみたいだよ… ナンナが、僕のをこんなことしてるなんて」
彼女が与えてくる刺激に、リーフの反応は素直だ。いつの間にか、リーフの方が腰を揺らしていた。
「ナンナ」
「…はい」
「夢でも、僕の想像でもないんだね」
「はい」
たっぷりとぬれた手のひらで、リーフの先端を包むように撫でながら、後はリーフの動くままにする、その手のひらに触れている先端が、にわかに固くなってくる。リーフはナンナの手のひらに突き当てるようにしながら、
「だめだ、僕…もう、君の手の中に出ちゃいそう」
うめくように呟く。リーフの顔から滴る汗が、ナンナの首筋にぴた、と落ちる。彼の体は、ナンナが握っている彼の分身と同じように、火照っていた。
「リーフ様…」
「ああっ ナンナ、そんなに握らないで、…っあ」
リーフが、ぎりっと音が立つほど奥歯をかんだ。手のひらに、ぬるい感触のものが、びゅうっと、あふれるように入ってくる。脈打ちながら、たぎっていたものをすべて開放させて、その始末をしようと、するっと寝台を抜けたナンナを、つかまえることもなく、そのままうつぶせに力尽きた。

 「こんなこと言うと君は変な顔をするかもしれないけど」
リーフは、後始末を全部終えて、再び寝台に入ったナンナを引き寄せて、
「今まで、君がああいうことをしてくれたら、なんて考えながら、一人でしてたんだ」
「ごめんなさい、わかってあげられなくて」
「違うよ」
いたわるように髪を撫でつつ、
「わかるとか、わからないとか、そういう話を超えててね。あの気持ちを、君と共有したくて、つい、君の顔を思い浮かべてしまうんだよ」
「…おつらいときは、おっしゃってくださいね」
「ありがとう。
 でもナンナ、誰に、あんなこと、教えてもらったの?」
「それは…」
ナンナはぴた、と両手の先で自分の口に封をした。
「秘密です」
「意地悪だな」
「意地悪でいいですよ」
「そんなこという唇なんかふさいでやる」
「ん」
言葉では言い合っていても、いざ行動に移ると、お互いうそがつけなくなる。
「ナンナ」
「…はい?」
「唇だけで、そんなにとろんとした目になっちゃっていいの?」
「だって、リーフ様の唇、思っていたより、やわらかくて…」
そういうナンナは、リーフの言葉どおり、目じりを染めて、うっとりと見つめ返してくる。
「その顔、かわいい」
「あ」
思わずナンナは背を向けてしまった。かわいいといわれることは何度もあって、それは彼がいつも使う何気ない言葉のひとつだと思っていた。しかしなぜか、今はその「かわいい」の言葉には、奥の深さが感じられる。
「かわいくないです」
「ずっと見てる僕が言うんだよ。ナンナはかわいい」
リーフは、その背中越しに、ナンナを振り向かせる。
「僕が今まで、嘘言った?」

#3:狼さんは考える。

 「うまくいったのかな」
ほぼ同じ時間、リーンもアレスの部屋にいた。こちらはじれったい作法も何もなく、ゆくりなくお互いを堪能した後だ。
「ナンナがか?」
と、アレスが聞き返す。リーンはそれに「うん」とうなずいて
「考えれば、すごし罪深いことしちゃったじゃない。ほんとなら、そんなこと知らなくってもいいあの子にさ」
「向こうから教えてくれって来たんだから、いいんだよ。俺じゃ、リーンみたいな説明はできない」
「ナンナじゃなくて、もう少しステップアップしたいなんて話だったら、もっと違うこと教えたけどね」
「あんまり安請け合いしてくれるなよ」
アレスが向き直って、少しく眉根を寄せた。
「俺たちがしてること、まるで言いふらしてるみたいだから」
「そうかな、ほかの子の話を聞いてると、結局どこからか教えてもらって、結局みんな同じようよ。
 ナンナの場合が特別なだけ」
「…そのうち、セリスの親父のころみたいに、赤ん坊連れで帝国に乗り込むようなことになるんじゃなかろか」
アレスが複雑な顔をする。その体が不意に転がされて、その顔の真上に、リーンの顔が迫っていた。
「そんなことよりさ、アレス、続きしよ」
「続きって… さっき『罪深いことした』とかいった口で言うことかよ」
「腰砕けるまでって言ったのは誰よ」
「アレはモノのたとえで」
「知らなーい」
リーンが中にもぐりこんで、やれやれ一休み、といった風情のアレスを両手で優しく握り締める。
「うわ」
「お前のムスコを人質にとった!」
「待て、それは意味が違う!」

 解放軍のどこかにコウノトリが降りるのは、もしかしたら本当に時間の問題かもしれない。

をはり。

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