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本当に危険な彼女

#0:危険の目覚め

 「ぷぁ〜」
とあるすがすがしい朝。カーテンの隙間から漏れる朝日にナンナはぱち、と目を開き、深呼吸をしながら伸びをした。
「今日もお天気になりそうだわ」
その隙間から外の天気をうかがい、その光で着替えを済ませ、やっと彼女は、カーテンを広々と開けることにする。
「リーフ様」
と声をかけてみるが、さっきまで自分が隣にいた、すやすやと眠っている王子は、彼女のか細い声ひとつではまったく起きる気配はない。
「リーフさまぁ」
「り・い・ふ・さまっ」
「リーフ様」
耳元で声をかけたり、少し声を大きくしたり、父の声色を…もちろん完全ではないが…まねてみても、両耳が一直線の穴になってでもいるのか、起きる気配がない。
「あんまり起きないと、お布団はがしちゃいますよぉ」
そういいながら、ナンナの手はもう掛け布団を引っ張っている。ぐるぐると巻き取ってしまっても、リーフは半分大の字になってこれでもかというほど起きる気配がない。
「…もぅ」
朝ごはん一緒に食べようって約束したのに。もう一度呼び起こそうとして、ナンナは、リーフの様子がなんとなくおかしいのに気がつく。
「…」
視線が、つう、と、足の方へ向けられる。そこまでの途中で、なにやら、そびえるものがある。
「これが…もしかして?」

 解放軍の少女たちが集まって扱う話題は、とりとめもなく他愛ない。あちらにとび、こちらにとびして、なにか強制的に切断される日課や事態の来ない限り、続くこともあった。
 ナンナは、解放軍の中でも、一番と言っていいほどの年少で、話ももっぱら聞くほうだ、そしてナンナが合流する前から解放軍にいる仲間たちには、もう恋人などあったりして、その体験話が変な方向に飛び火することがある。
 そのときも、そういう先駆者の一人が話のイニシアチブをとっていた。いわく、その恋人のモノが、朝に隆々とするのであると。
「…もうね、昨晩じゃたりないの?って聞きたくなるぐらいで…」

 「もしかして、これが朝、の?」
ナンナはまじまじとみて、そのあと、
「だめよっ、そんなに真剣に見たらっ」
と自分を叱責する。巻き取ってしまっていた布団をもう一度かけなおし、一応、目立たなくする。と、それが引き金になったのか、やっとリーフの目が覚めた。
「おはよう…ナンナ、早いね」
「は、早くなんて、ないですよ、今私も起きたところです」
微笑もうとする顔が、固まって、張り付いたような笑顔しかできない。
「起こして差し上げようと思っていたら、目を覚まされたので…」
「そうなんだ」
リーフが部屋をぐるりと一瞥する。
「あれ、ナンナ、その衝立、まだ使ってるんだ? クローゼット使っていいって言ったのに」
「でも、リーフ様のお部屋ですから」
「僕は服は君ほどには持ってないから、半分ずつでもいいのに」
「でも…」
ナンナは、うつむいて居住まいの悪そうな様子でいる。まだ、あの掛け布団の下であの勢いあるものがあると思うと、顔とそれとがうまく重ならなくて、見てしまったことがいっそ後悔さえされてくる。
「じゃあ、その衝立のそばに、小部屋があるはずだよ。そこにおいておきなよ」
「はい…ありがとうございます」
「…本当に大丈夫? 元気なさそうだけど」
「だ、大丈夫です」
「じゃあ、少し待ってて、一緒にご飯食べよう」
「はい」
リーフはそういいながら、クローゼットに入ってゆく。メイドに世話されるのに慣れてない彼は、身支度をほとんど一人でするのだ。それはそれで、手がかからなくていいが、王子らしくないといえば、らしくない。
 とまれリーフがいなくなってから、ナンナはふう、とため息をついた。
「きっと、あれでびっくりしていてはいけないんだわ」
今まで運良く見ていなかっただけのことであろうし、これからも、このままでいれば、何度となくみるだろうと思う。
「だめなのよナンナ、慣れなくっちゃ」
そうつぶやいて、自分に発破をかける。が、やがて出てきたリーフに、
「お待たせ」
と声をかけられて、その思考がぷち、と小さく暴走する。つと、さりげなく足の方を見やると、あの勢いはうそだったのかと思うほど、普通だ。
「リーフ様、私、何を見ても驚きませんから、ね」
「?」

#1:狼さんの言うことにゃ

 リーフは狼らしい。
 表向き、何にも知らない顔をして、いつかは自分を「食べてしまう」らしい。
 でも、いつ、どんな風に自分を「食べてしまう」のか、それは、ナンナにはわからなかった。
 でも、あの夜の、何かを決心したようなリーフの唇は、有無を言わさないのに優しかった。
「僕は狼だって言うのを忘れちゃだめだよ。もしかしたら、明日はこれだけじゃ、すまないかも知れない」
眠る前の抱擁と接吻に少しなれたころ、リーフがこんなことをつぶやいた。
「はい。リーフ様がよろしいなら…」
そんな言葉をかわしながら布団に包まるのは、その後しかるべき仕儀に進む恋人たちと、さして変わることはない。
「…ぁ」
ナンナが、ため息のように声を上げた。自分の太ももの辺りに、固いものを感じる。いつか、朝に見てしまった、あの勢いのあるものに違いなかった。なぜ今こんな風になっているのか、ナンナはわからなかったが。リーフはいつもよりわずかに息が荒く、すぐにでも眠れる様子でもなかった。
「暑いですか?」
とナンナが尋ねる。リーフは
「いや…別に」
と言い、しかしむくりと起き上がる。
「?」
つられて起き上がろうとしたナンナは、すぐにリーフに腕を押さえられて
「…ごめん」
といわれた。
「…もう一回、いいかな」
「は、はい…」
ナンナに逆らう理由はない。唇の力を抜き、目を閉じると、まもなく別の唇がやってくる。
「ぅ」下あごを引かれ、開いた歯の隙間に、舌が入ってくる。自分の舌にも、外に出てくるよう誘っているのか、舌先を軽くつつかれる。あごが震えて、自分の舌をかんでしまいそうな思いで、ほんの少しだけ唇の外に出した舌先を、リーフの唇はぐっと吸った。
「ん」
舌を引き出されて、ナンナの鼻がなる。うまく息をつかないと、窒息してしまいそうだ。
 背中を支えられ、半分浮き上がった上半身。ずり落ちてしまわないよう、思わずリーフの背中に手を回して、その胸板に密着する。自分の胸先が固くなってくるのを感じて、離れたくなったが、それ以上に、リーフの硬いモノは、一層硬くなって、熱ささえ伝わってくる。
 ぷちゅ。と、やや淫靡な音で、やっと二人の唇が離れる。自分も、汗ばむほどに赤くなってるのに
「ナンナ、顔真っ赤だ」
リーフはその頬をつつく。
「ごめん、少し苦しかったかな」
「大丈夫です」
「よかった。はじめてやってみたけど、うまくいった」
リーフはうきうきと言い、やっと眠る覚悟ができたようだ。
「おやすみ、また明日」
「はい」
うなずいて、あらためて布団にもぐりこんでみるが、ナンナが出すのはため息ばかりだ。
「アレ…」
と呟く。見えない布団越しに、リーフの例のものを見ながら
「あんなに大きいままで、どう目立たなくするおつもりなのかしら…」

 言葉では表せない何かの感情を態度で見せることを、二人はやっと、覚え始めたにすぎない。それでも、「いつまでも受身でいいのかしら」と思ってしまうのは、ナンナのもって生まれた性分だろう。
 彼女なりに、考えて考えて、やっとたどり着いた結論。
「やあ羊ちゃん」
いつにない神妙に自分に近づいてきたナンナに、アレスは無警戒に声をかけた。
「…そんな、眉間にしわなんか寄せてると、かわいい顔が台無しになっちゃうぜ?」
そう言われて、ナンナは
「アレスさまが頼みの綱なんです」
と言った。
「俺が?」
「お父様にも、お兄様にも、みんなにも相談できなくて…」
といい始めて、まずアレスは「あのカマトト王子、とうとう生焼けにでも手を出したか?」と思った。しかし彼の思惑はすぐ、ナンナの続いての言葉で盛大に脱力することになる。とにかく。ナンナはリーフについて感じていることを全部いい、
「男の方は、何か、あのかさばりそうなもの…ものといったら失礼かも知れませんけど…どうやって目立たなくしていらっしゃるんですか?」
アレスは、まず呆然として、自分の臍の下を見た。
「するとなんだ、お前、男はみんなそういういかついものを押さえて歩いているとでも思ってるのか?」
「違うんですか?」
ナンナの目はとても純粋で、まじめだ。アレスは、笑うこともできずに、テーブルの上で頭を抱え込んでしまった。
「あの×真面目叔父貴、少しぐらい何か娘に教えとけっ」
といいたくなるのをぐっと飲み込んで、
「お前は大きなところで勘違いをしている」
「勘違い、ですか」
「ああ。
 お前が見たことあるほうが特別な状態で、普段は、歩くにも邪魔にならんよう出来上がってるんだ」
「そうなんですか」
「俺を見ろ、変なところあるか」
開き直るアレスをまじまじと見て、
「いえ、まったく。でも、その、『特別な状態』になられることもあるんですよね」
「なるよ。そうじゃなきゃ…」
「はい」
「いや、この先はまだお前は知らなくていい」
聞かれるままに返答すると、そのうち「特別な状態にしてみてください」とでも言われそうだ。
「朝のやつもな、無意識にそうなることがあるのさ。俺が説明できるのはそんなところかな」
「答えにくい質問に答えてくださってありがとうございます、アレスさま」
「なになに」
口では言ってみるものの、彼女の目には、まだ質問は終わらないぞ、という色が見えた。
「リーフさま、『時間がたてばおさまる』とおっしゃるのですけど、本当ですか」
「おさまるよ。もっとも、引くのを待つより出してしまったほうが早くおさまるけどね、そういう仕組みだから」
といってから、アレスは「しまった」と口をふさぎかけた。もしかして今、自分はこの従妹に新しい余計な知識を中途半端に植えつけてしまったのではないだろうか。
「で、でもな、ヤツがおさまるっていうんなら、そのままにしてやったほうがいいと思うが…」
「早く収まる方法があるんですね」
「…」
やんぬるかな。目下の問題解決の糸口が見つかったと見えたか、ナンナの目が期待に輝いている。
「…もしかして、その方法まで俺に教えてもらおうとか思ってる?」
「はい、そうしていただければ」
「難しいなぁ」
アレスはあごをひねった。これまでのナンナとの会話で自覚した男の神秘をこれ以上説明するには、実技が必要になってくる。
「俺も狼なんだぜ? お前を食べるつもりがないだけで。
 アレは狼にとっちゃキバも同じだ、キバの抜き方なんて、そうそう教えられるか」
そういう、やや突き放したようなアレスの返答に、ナンナはとたんしょんぼりと
「そう…ですか」
という。
「もっとも」
しかし、優しい?従兄は代替策も与えないほど薄情でもない。
「狼と羊で考えるからややこしくなるのさ。秘密を共有してるんなら、お互い、立つ場所は一緒のはずだ」
「そういうものですか?」
「考えても見ろ、お前が今まで俺にした質問全部、叔父貴に筒抜けだとしたどうする?」
「アレス様、今のこと、全部お父様にお話されるんですか?」
ナンナがつい立ち上がりそうになる。今までのリーフのとのことは、「お父様には内緒」が合言葉なのだ。しかし、アレスの言葉でナンナは落ち着いたように座りなおす。
「しないよ」
「…よかった。お父様がこの話のことを知ったら、私、リーフ様のおそばから離れないといけなくなるかも知れないと思って…
 そんなのは、いやなんです」
「だから、俺は叔父貴には話すつもりはないよ。叔父貴だって昔は狼だったんだ、バレても怒れた義理じゃない」
「ありがとうございます」
「なんの」
さて、話がずれたな。アレスは引き締めていた唇をまた柔らかに緩めて、
「どうせ秘密は一つ抱えりゃ二つも三つも同じさ、もう少し柔らかく考えな」
アレスはつと立ち上がり、手招きのようなしぐさをする。すると、名前を読んでいるわけでもないのに、リーンがたたん、と踊るように近づいてきた。
「難しい話は終わった?」
「いや、まだ終わってないけど、ここから先はお前のほうが適任だろうと思って」
「私でいいの?」
「むしろお願いしたいくらいだ」
アレスは、それまでハスに向かい合っていたナンナをさす。
「ナンナ?」
「羊ちゃんの逆襲の仕方には、ちょうどいい先生だよ」


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