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「あの」 ぼんやりと、腹ごなしをしていると、維紫が尋ねてきた。 「先ほどのあれ…どうされたのですか?」 「あれ?」 「あれです」 すでに片付けられてしまっているが、維紫は目じりをにわかに赤くして先刻弄ばれた長椅子をみやる。 「ああ、…あれのことか。欲しいなら、譲ってもいいが」 「違います」 また膝の上で、維紫はぷるぷる、と首を振る。 「どこであんなものをお求めになったんですか」 「将軍なんていう職業を長くやっているとな」 趙雲はふかふかと、維紫の結い髪の中に頬をうずめつつ、 「有象無象が覚えを得ようとやってくる。秘宝の商人というので何かお前にと思って招いたら、秘宝とは閨の遊び道具のことだと」 また息だけで笑った。 「味でもしめたか」 「ちが…」 維紫はしばらく黙って 「私は…将軍ご自身のが…」 消えるような声で言う。自分の体と文字通りそりの合わないところでは、かすかだが痛みさえ感じたのだ。そう理由を言おうとしたが、そう言う雰囲気ではなさそうだ。 「嬉しいことを」 モノを言おうとして開くところに重ねられる唇には、もう夜の気配がある。唇と一緒にすった空気がぷちゅ、くちゅと音を立て、離した維紫の唇は、明かりをほんのりと照らし返した。それだけで、維紫は、もう口答えをして強がる時間ではないと思う。 「…お湯、使わせてください」 昼間見た新しい閨は、寝台の面だけでも、ひとつの部屋ほどあり、内装は丹塗りで真っ当な女性が使う寝室はこんなものなのだと、維紫は驚いたのだが、夜ふけて、中に明かりがともされると、昼は派手派手しくみえた丹塗りが穏やかになって、これはこれで気が引ける。 ともかく、帳をあけて中に入ると、かすかに何かが香っている。今まで使われていたのとは、明らかに違う種類の香りだ。 ここは別世界かしらん。ぼんやりそんなことを思っていると、 「そんなにびっくりした顔は久しぶりに見るな」 と言いながら、趙雲が入ってきた。維紫はその顔を見上げてから、その左右を見やる。 「ん?」 「また、もってこられてないですよね」 「持ってきて欲しいか?」 真顔で尋ね返されて、維紫はぷるぷる、と首をふる。 「私で十分と言われたからには、そう意地の悪いことも出来まい。ここからは普通だ」 そのあと、 「そういえば二晩続けて…というのは初めてだな」 と、気がついたように趙雲が言う。 「そういえば、そうですね」 逢う回数は増えていったが、いつも一晩限りだったのが、今日は維紫が一日ここにいたので勢い二晩目になってしまう。 「私の体を忘れぬお前を抱くのも初めてか」 あまりに真顔で言われて、維紫は返す言葉がない。 「心配ない、どの道することは同じだ」 「そう…ですけど…」 体が忘れない、とはこういうことか、隣り合うだけなのに妙に高ぶってくる。昨晩の記憶が生々しい。受けた行為のいちいちが思い出されてくる。 「あの…」 「ん?」 「私から、…して、いいですか?」 唇の技も、前に比べればはるかに上達した。何より、歯を引っ掛けなくなった。 勘所を押さえるのが早いのは、もって生まれたカンのよさもあるのだろうか、手を添えていないと、腹を打ちそうだ。 「…ぅ」 らしからぬ声を上げて、趙雲が腰を浮かせる。維紫は、あの作り物と、これとどちらが立派だろうかと、そんな結構失礼なことを思いながら、膨れた先端をぐぐっと舌と口蓋とで挟み込む。途端。 「!」 趙雲が寝台の面を握って、維紫の口の中に精が迸る。維紫はそれをすべて吸い取るようにして口の中にいれ、 「…んくっ」 一息に飲み込んだ。そして呟く。 「…あまりおいしくないです…」 「…」 のどにさわるのか、難しい顔をする維紫の口の中に、趙雲は水差しから直接にでも水を飲ませようとする。 「ふ、ふにゃっ」 そして、水を飲み込んだのを確認してから、 「…そんなことまで私は望んでいない」 と、悩むように頭に手をやっていった。衣の袖で口の周りについた水をぬぐいつつ、 「でも」 と、維紫は神妙な顔をする。 「一番いいところでやめて、手に出されたりするでしょう? 心地いいことなら、最後まで私の口で、と思って…」 「…雷姫」 趙雲は、そう言う維紫の夜着の帯を解きながら行った。 「もうひとつ、注意しなければいけないことが増えたな」 「…はい?」 「お前は、おっとりぼんやりで、その上健気過ぎる」 今まさに熟れたところという維紫の五体は、丹塗りの内装にほの赤く染まる明かりの色の中にあっても、恥じらいの色を隠さない。維紫は、部屋の中にかすかに漂う香りに、いささかうっとりとした風情でいる。その表情が、悩ましげに 「ん、は」 変化するのは、何はともあれ、指が入る感覚を感じたからだ。 「昼間の努力の甲斐があったようだな」 胸のふくらみを弄びながらそういわれる。 「え?」 「今すぐにつながってもよさそうなほどに柔らかかったぞ」 「…そんな…」 自分の体は、意志にかかわりなく、あの作り物で悦んでいたのか。あらためて自覚させられて、維紫は思わず熱くなる顔を覆う。その手が片方のけられて 「独りよがりで終わらせるようなことはしないから安心しろ」 といわれ、胸の先を転がされる。 「んはっ」 その尖る胸の先も、昨晩より敏感に思えた。前夜の記憶が思い出されて、今に重なる。 痛ましく残る胸の傷をなぞられ、そのあとを、癖のない前髪が通ってゆく。 趙雲は維紫の腰を引き、膝を押し開いていた。 「あ」 今までかすかだった香りを、はっきりと感じる。自分がこの香りを出している? そんなはずはない。くらみそうに甘い香り。 「ほどよく融けたようだ」 内腿に息を吹くように趙雲が言う。 「秘宝売りが置いていったものだ。麝香という香を、人肌で融ける脂に練りこんだものだそうだ。 閨で人を惑わせる香など、信じなかったが…」 その言い刺しは、本人か、自分か、或いは双方が、この香りに惑っているとでも言いたそうだった。 膝を開かれ、隠すに隠せない秘めるべき場所に刺さるような、維紫はそんな感覚を覚えて、かすかに震えている。指なりと、…この際あの作り物でもいい、視線ばかり刺さるその場所をふさいで欲しい。維紫はそんなことを思っていた。香りだけが原因ではなかった。体が覚えたあの感覚を、体が勝手に求めているのだ。 「震えている」 ひだを指でひとなでされ、維紫は 「あっ」 声を上げた。のみならず 「え…ひぁ、あ」 ふわ、と、空気の流れを体毛に感じたと思ったら、その中の芽に強烈な刺激が走った。明らかに指でないものが、そこにあった。言葉のかわりに、ぴちゃり、 と水音。 「いけません、口でだなんて…」 「そこまで震えながらでは説得力がない」 事実そうだった。維紫は脱がされた自分の衣をぎゅっと握って、唇と舌が触れるたびに、腰を浮かせ、声を上げているのだ。 「指が二本入るぞ」 まるで折りたたまれるように、尻が高く持ち上げられ、確かに指が、難なくと入ってゆく。中は融けた脂と維紫の蜜でなめらかにすべり、香りがぱっと散る。その指の抜き差しが止まり、体も楽にされ、維紫はふう、と息をつく。 しかし、維紫の中で指がぐいっ、と何かを引っ掛けるように曲がった。 「ひぃっ」 「なるほど、ここか」 まるで何かの実験でもしているかのような声だ。曲げられた指がぐりぐりと、執拗に一点をまさぐる。 「あ、ひぃあ、あっ」 表に出ている芽に劣らない刺激だった。 「あ、なんですか、これ、ん、ああっ」 「このあたりに勘所があると、とある筋から教えられた」 「あの、秘宝売りとか言うひとですか?」 「…知らぬほうがいい」 舌をからめながら、その勘所を探られ、維紫は 「んうっ」 と体を硬くした。 「流石勘所…しまりが違う」 「お、面白がらないで、ください…」 「面白がってなどいない。お前の声が聞きたいだけだ」 軽く結っていただけだったのだろう、黒髪の幕が維紫の視界を暗くする。 ぬ、と、それは滑らかに維紫の中を割り入ってくる。 「ぁぁぁ…」 維紫はそれだけで、ぞくぞくっと背筋に何かが走った。 「比べて、どうだ」 尋ねられて、維紫は 「こっちが、いいです」 素直に言う。維紫の体はこれに合うように作られてしまったのだから、今更に偽モノがあてがわれても不協和音になるだけだと、そう思った。 将軍、と、いつものように呼ぼうとして、維紫の唇に指が当てられた。 「城の中や誰かが介在する場所なら仕方ないが、ここでそれはやめてくれ」 「でも…」 「朝になったらそれでもかまわぬ。この閨の中だけは」 精一杯の譲歩が出された。もどかしいほどの緩慢な動きが始まり、 「…雷姫」 耳にその呼びかけが心地いい。維紫は、随分に逡巡して、やっと、本人でも耳元でしか聞こえない声で 「…子龍、さま」 と、奥深くまでつながり、いとおしんでくれるその字を呼んだ。 それが引き金になったのか、奥を打ち付けるような律動がはじまる。突きこまれるたびに、維紫の中に残っている息が突き出される。 「…ぁ…」 ぞくっ。背筋に例のアレが走る。投げ出された手に手が重なって、閨の外からは、維紫の足先がふらふらとゆれて見える。 「あぁんっ」 また背筋に予感が走る。瞑っていた目を開けると、趙雲は目を細くあけ、維紫の表情をじっと見入ってるように見えた。 「子龍、さま」 そう呼ぶと、つきん、と胸がやさしく痛む。それは向こうも同じなのか、違うのは、びくり、と、維紫の中でその勢いを増してゆく。 「あ、あふ」 明らかな絶頂の予感がした。 「ふぁ、ふぁぁ」 重ねていた手はいつの間にかお互いを抱き締めていて、維紫は 「し、しりゅ、さま」 もう一度、そう呼びたかった。しかしそれは、 「んぁっ…ああぁぁぁ…っっ」 体が一度大きく痙攣し、それが一点に集約してゆく陶酔の声に変わっていた。 「…ん…」 その陶酔の波はゆるゆると引いてゆく。体の奥に、熱い固まりをしっかりと受け止めて。 「…子龍さま」 「ん?」 半分眠りかけていた趙雲は、ふいにかけられた声に目を覚ました。胸の辺りに維紫の、まだ上気覚めやらぬ顔があり、 「なんでも、ないです」 彼女はそう言った。 「ただ、呼ぶのに慣れようと思って」 「…そうか」 趙雲は維紫の頭をゆっくりと撫でる。 「…」 維紫はしばらく黙ってそうされていたが、 「本当にこの離れ、私だけのために建てたのですか?」 そう尋ねてきた。 「そうだが、まだ何か欲しいか」 「そうじゃないんです。…ここからお城に行ったら、もうみんなにわかってしまいますね」 「…実は、まだ完全に増築が終わってなくてな」 趙雲は、やや眠たそうにそう言った。 この離れと庭園を、私の屋敷から、廊以外は完全に壁で区切ってしまおうかと思っている。後、お前の屋敷の使用人たちの住まいなども空いた場所に建ててだな…」 「どうしてですか?」 「…自分の屋敷が遠くて鬱陶しいという誰かのためだ」 「…あ」 「一人では広すぎるから部下に敷地を分け与えたといえば済む。その代わり、お前の屋敷は返上の手続きをとってもらうことになるがよいか」 「…はぁ」 よいかもなにも、すでに出来てしまったものを今更いりませんともいえず。 少し考える時間をくれといおうとしても、趙雲はもう眠っていた。 そして 「私はてっきり、とうとう維紫殿を迎えられるのだとばかり思っていましたよ」 諸葛亮がそう言った。趙雲が経緯を説明すると、一応納得の顔はする。 「趙雲殿は質素が旨の人でしたね…しかし、この図面で誤解をするなと言うのが無理な話で… 月英、がっかりするでしょうね…」 しかしやっぱりそう言うのに趙雲は返す言葉もなく。かとおもえば、 「やはりここか趙雲殿」 「おや、馬超殿がここにこられるのも面白い。月英、お茶を…」 「趙雲殿、試したか、例のあの場所は。覿面だっただろう」 「!」 いじくりまくられてふてくされた趙雲が、また兵卒達の中に踊り入って無双乱舞をかましたとかどうとか。 |