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DRAGONHEARTEVOLUTIONATTACKS

 邸宅は、その官位もしくは役職で格式がつけられ、それは広さで具体化する。
 宮殿が割合と近くに望めるその屋敷に、維紫はいた。
 時間をかけて、この邸宅が増築をしていたのは知っていた。しかし、
「出来上がったら、まずお前に見せようと思う」
という、趙雲の言葉の裏側を見抜けなかったのは、我ながら状況に馴れてしまったものだと、自分が少し浅ましくなった。
 増築といっても、部屋をひとつ二つ足すというそんな細々しいものではなくて、さしずめ、もう一軒敷地の中に家が出来たようなものだ。それまで自分が迎えられていたのは主人の邸宅の中であったのだが、今度は勝手が違う。回廊がめぐって、丁寧な庭園が作りこまれていて、維紫がもう少し、年相応の娘らしい思考回路を持っていたら、その扱いがどういうものか、すぐにわかるはずなのだが、彼女には、それがわからない。
 維紫は、その美しい庭園を眺めるように、仮眠が取れるほどの長さの椅子に座っている。宮殿にあるように、四角張った格好も、まして軍装をしているわけでなく、柔らかい絹物に包まれた姿は、どこの公主かと言う人もあるだろう。
しかし、その目はどことなくうつろで、桃色にわずかに染まった頬は、粧いの類ではなく、本人の顔色だ。
 もうひとつ違うこと。「離れ」には、専用の下使いの女性達がいた。誰も見たことがないところからすると、新しく雇われたものか。その姿が二三人見えると、維紫は、まただ、と、彼女達から逃げるように身をひねった。
「あちらの庭で、花がひとつ咲きました」
「貴女様ほどに美しくはございませんが」
「ご覧になりましょう」
さあ。さあ。娘達が、維紫を肩から立ち上がらせる。維紫の両の手首は、あたかも罪科をおったもののように前であわされ、青色の、明らかに男物の絹帯で、傷をつけない程度に緩く、しかし、決してぬけられない絶妙の力加減で縛られていた。
 維紫は、助けをかりて立ち上がる。足を進めようとして、
「…っ」
ほんの少し眉根を寄せた。一足一足、まるで傷を負ったかのような緩慢な歩みは、部屋から廊(屋根つきの道)に出るまでに一度止まり、維紫ははあ、とため息をついた。頬の赤みはいよいよ増して、裾濃に染められた裳裾の中の脚は小刻みに震えている。
「麗しいお顔色」
娘達はそう、維紫をほめそやす。
「さ、もう一足」
入り口の柱に、維紫が歩くのを嫌がるようにすがったとき、もともとあった邸宅のほうから、一人が走ってくる。その伝言を娘達が繰り返す。
「ご主人様のお帰り」
「さ、お庭ではなく、あちらに歩かれて」
「お出迎えを」

 歩けといわれても、維紫の脚には力が入らなかった。娘達が二の腕で支えようとしたとき、
「もうよい」
と声がして、柱にすがったままの維紫に、
「一日、息災でいたか?」
と声がかけられた。
「…は、はい」
維紫の返事はか細い。赤みのさした顔を、趙雲に見られるのがことさらに面映いのか、維紫は柱に当てられた、自分の手首を戒める青い絹帯に、顔を隠しがちにする。

 話は、その前日までにさかのぼる。邸宅の増築分の完成した姿を、最初に見せると約束してくれた趙雲は、確かに、維紫を伴って屋敷に戻り、維紫は作られた離れと庭園に目を丸くした。特に感情が動いたわけではなく、一人で使うにはもったいない広さの家が、二つ建ってもまだ敷地が余っているという、非常にとんちんかんなところでの純粋な驚きである。
「これからは」
そして、そうささやかれる。
「お前とはここで眠ろう」
勿論、ただ眠るだけですむわけでなし、維紫は返答に詰まる。
 この離れで夕食をとり、人を避けゆくりなく体を重ねあったのは確かに前夜のこと。もう数を数えるのが億劫になるほどに繰り返された逢瀬のなかで、維紫のからだは大輪の花と咲き、床あしらいも板についてきていた。あえて注文をつけるとすれば、気をやるときの声はこらえないほうが、さらに嬉しい。
 そして朝、運ばれてきたきらびやかな衣装に、維紫はきょとん、とする。
「あの、私、お城に行かないと」
「お前一人が一日休んだとて、どうと言うことはない、隊の面々に休みを一日
与えると思って、お前もここにいるがいい」
「はい…」
「それに、お前のために作ったのだから、一日ぐらいはいてもらわないと甲斐
がない」
「…え、あ」
どうしてこのひとはこう何もいえなくなるようなことばかり言うものか。うつむいてもじりもじりしている間に、湯の準備が出来たと声があり、維紫はそこで受難を受けるとも知らず、つれられていく。

 朝使う湯は、少し熱いほどがかえって丁度いい。呑気にそんなことを思っていると、
「お互いの残り香が消えてしまうのはもったいないが」
と声がして、維紫はは、と振り向く。
「帰ればお前がいると言うことは、きっと嬉しいのだろうな」
髪を巾につつんで、手に何かを持って、趙雲がそこにいた。
 夜の間なら、まだ暗い中で耐えることが出来るが、目に痛いばかりの朝の光で見られるのも見るのも抵抗があった。
「すみません、すぐすみます」
目をそらし、耳まで真っ赤にして維紫が言うと
「お前に用があるのだから、いてもらわねば困る」
趙雲がそう返す。もう維紫の真後ろにいて、首筋に呼吸を感じる。
「もったいないが、時間がない」
彼は耳元で言って、維紫が手で隠すその下に、す、と指を忍ばせる。
「あ」
維紫は素直に体を震わせた。すぐ触れられる敏感な芽をいとおしそうになでられ、膝立ちだった維紫は素直に後ろに背中を預ける。
 さらさらとした湯では立たない、粘っこい音がぴたぴたと始まったとき、熱いものが奥までぐうっと入ってくる。
「ふあ、あ、お時間が、ないって」
「違う」
最後、冷えた肩を温めるように、ざっと湯がかかり、衣一枚に包まれて、維紫は部屋を連れ出された。
 そして、たっぷりと裳裾にやわらかいひだをよせた貴婦人のような格好にさせられ、最後、いつものように趙雲の髪を結う。
 鏡越しに、維紫の頬がまだ赤らんでいるのが見えるのだろう、
「じきに馴れる」
「あまり…馴れたくありません」
珍しく、楽しそうな趙雲に、維紫は楽しくなさそうな言葉を返す。
「痛」
お返しとばかりに、いつもよりきつめに結ぶと、趙雲は実にのろけた声を上げた。
 最後、夜着の帯で手首を戒められる。
「なぜ、こんなことを…」
「抜いたりせぬように、だ」
紅を入れなくても十分に紅い維紫の唇を、思うだけ吸い、
「では行ってくる」
趙雲は自身の邸宅に戻っていった。

 たとえるなら、初めての房事の後しばらく、体に違和感が残ったのと同じ感覚を、一日中維紫は感じていた。違うのは、あの時は、少し痛みを伴っていたのに対して、今はかわりに、体が覚えた疼きに悩まされている。
 陽物のまねをした作り物があることは、流石に維紫も知っている。孤閨をかこつ婦人が使ったり、男に不自由する後宮のような場所で、ひそかに使われているのも知っている。自分の中に入っているのもその類に違いないはずだが、なぜその必要のない自分がそんなことをされるのか。あらかじめ湯で温められていたので、一瞬本物かと錯覚したほどだ。
 さらに困ったことには、離れに集められた娘達は、その維紫に、しきりに散歩をすすめる。立ち座りだけでも、無機質なものに中をこすられて力が抜けてしまうのに、歩くと、その刺激が一層に維紫の中を苛んで、何度裳裾をひっかけそうになったことか。
 おまけに、この娘達は何の因果を含められているのか知らないが、生活するうえでは避けられない生理現象の現場にも立ち会って、手首の自由が利かない維紫の世話を焼いてくれる。しかし、朝入れられたものは抜いてくれない。
 何枚も重ねられた裳裾の下の、じかに肌に触れる麻の下着が、人知れずもれ出る蜜でじっとりとしていた。

 やっと話が、元の時間に戻る。娘達は一旦、見えないところに避けられる。
「やはり、帰ってお前の顔があるのは悪くない」
維紫は趙雲にさっと抱え上げられて、さっきまで座っていた長いすに座った膝の上に乗せられる。その衝撃が伝わって
「んっ」
維紫は声を上げてしまう。戒められたままの手首を、趙雲はかぶるように首に絡めさせ、維紫の裳裾の中をさぐる。
「いい子だ」
そして、彼女に耳打った。
「抜かずにいたな」
じっとりと湿った上から、少しだけ飛び出ているような無機質なものをぐい、と手のひらで押し込むようにされ、
「っ」
維紫の体はひく、と震えた。
「普通じゃないです…抜いてください…早く…」
「ああ、じきに抜く」
喘ぎ始めた唇をいたわるように合わせ、布の敷かれた上にそ、と維紫を倒す。片足をあげさせ、椅子の背にかけさせる。衣装の色に合わせて、繊細で豪華な刺繍の施された絹の靴が、維紫の足からぽとん、とおちた。
 裙子(裳裾の下にはく幅広の袴状のもの)や下着の類はすべて抜き去られ、裳裾の下は彼女の素肌だ。
 あらかじめ、それには、抜くための細紐でも仕掛けられていたのだろう、抜かれてゆく感覚に維紫は
「あ、あ」
とあごをあげた。

 維紫の入り口は、無機質なものの複雑な凹凸を抜かれながら異様に敏感に感じていた。くわえて、一緒にあふれ出す、絡まりついた蜜の感覚。
「私がすることは、何も無さそうだ」
趙雲は息だけで笑う。やはり先端には、本物にはない複雑な突起があしらわれてあるようで、それで入り口のあたりを浅く出し入れされる。
「あ、もう、いらないのではないのですか?」
「放り出してもいいのだが」
入り口をいたずらされながら言葉が続く。
「増築といい、大分散財したからな…モトをとらねば」
らしからぬ言葉のあと、また、それが、奥まで入れられた。外に出ていた部分は冷え始めていたので、維紫は鳥肌を立ててすがりつく。
「つ、冷たい…」
そして、擬似的な房事のように出し入れされる。
「だ、だめ…抜いて…」
「受け入れているそのものは大分悦んでいるようだがな。出し入れに抵抗がある」
事実、本物の陽物にある凹凸を誇張して作られ、あるいは刺激するに値する模様でも入っているのか、こすりたてられる中が反応しているのは維紫も自覚していた。着せられている衣装が苦しくて、浅い息になる。
「は、はあっ、は…」
やがて、下腹の奥がつん、と痛み、
「んっ…んんっ!」
声をかみ殺した絶頂の震えが、つくりモノごしに伝わったのか
「また声を殺したな」
少し不満そうな声がしたが、維紫はやっとそれから解放された。

 剥ぎ落とされた裙子の上に転がっているそれは、確かに実物によく似ていた。自分の蜜でつやめいて見えて、まじまじと見はしなかったが、確か、南蛮で見た象の牙は、細工物の素材として使われると聞いたことがある。
 軽い後始末の後、裾を整えられてもう一度、膝の上に乗せられる。今度は全く悪戯っ気のない口付けがあって、維紫は黒目がちの目で間近の趙雲の顔を見た。
「あの…」
「何だ」
「一日抜かなかったのですから…ほどいてください」
とは、手首のことだろう。しかし彼は
「もう少し」
と言い、
「こうでもしていないと、雷姫は私とすぐ離れようとするからな」
 確かに城で二人仕事など終わって一服しているときに、気がついたらこうして膝の上に乗せられていることはままあった。しかし城では誰が来るともわからない。しばらく楽しませてはおくが、すぐに降りることにしていた。しかし、ここではその必要はない。
「私はここなら逃げません」
「本当か?」
勢い言葉になったのを確認されて、維紫は思わず言葉に詰まる。しかし、離したくないのが彼の望みで、正直自分も離れがたい。
「…逃げません」
硬い胸板に額を擦り付けるように小さく言うと、
「ではそうしよう」
と、手首が急に楽になる。しかし維紫は言葉とは裏腹に、なにやら居住まいが悪そうにする。いぶかしそうな声が返って来た。
「離れないのではなかったのか?」
「そうではなくて、その…落ち着かなくて」
「落ち着かない?」
「…ここが」
維紫が裳裾を上げる。片方脱げた靴と裙子のない素足が見せられて、趙雲ははた、
とした後短く笑った。
「ああ、それは気がつかなかった。
 窮屈だったろう、もう少し軽い服もあるから、着替えるといい」

 二人の食事に、酒は一人に爵(さかずき)一杯ずつもあれば十分で、食事自体も豪華ではない。維紫は、しきりに隊の面々が何か問題を起こさなかったか尋ねたが、
「なべて世はこともなし、だ。
 賊が出たという話もないし、急な戦いの話もない」
趙雲はそう言って、もう箸を置いた維紫を見た。
「雷姫、もういいのか」
「ほとんど動いてないので、おなかがすかないんです」
「ああ、そうか」
納得、という顔で
「やはり、『深窓の令嬢』にはなれぬか」
「小さい頃からそのように育っていれば違っていたかもわかりませんが…」
「私は、ちょこちょこ走り回ってはよく食べる雷姫を見慣れているからな」
「少しは慣れたほうがいいんでしょうか、こういう暮らしに」
「無理に慣れる必要もあるまい」
趙雲は爵の中を飲み干して、
「慣れてしまっては私が困る。後ろを頼める相手がいなくなるからな」
と言った。


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