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優しき声の名

美しい人の腕の中で馬上にあったアルテナは、その騎士の困った顔を静かに思い出していた。
「いやいや、いっしょにきてくれないといや!」
どこに行くときだったのだろうか、ついてくるようにせがむと、騎士は
「困りました、私はお父上のお言いつけがあるので、ここに残らねばなりません」
「でもでも」
「アルテナ様、お姉上なのですから、わがままはほどほどになさいますように。
 私はこの城におります。お健やかにおもどりになられますよう」
出立のラッパが華々しくなり、アルテナはその音の大きさに身をすくませた。ゆっくりと、自分の乗せられた馬が動き出し、見送る騎士の顔は小さくなってゆく。
 静かで、厳かな行軍。その中に、一抹の悲壮が隠されていた人など、そのころのアルテナには、わかる由もない。

 物心がついたときには、アルテナはトラキアの城で、なさぬ仲ながらの父と兄のありたけの愛情を注がれて、小さな自分の中に起きた激動の記憶を思い出す余地もなかった。
「アルテナには、好きな男などいるのかね」
やさしい顔で、トラバントがたずねてくる。あのころの彼は、アルテにとっては、本当に優しい父だったのだ。
「ひみつ」
じゃれ付くように、そう返答した。
「父にだけ教えておくれではないかね」
広い胸にアルテナをすっぽりと収め、竜はゆうゆうとトラキアの赤い大地の上を飛ぶ。
「いやぁよ、はずかしいから」
「そんなことを言わずにおしえておくれ」
そういわれても、アルテナには、王宮に出入りする騎士や戦士は、怖い印象しかなかった。
「だれにもいわない? おにいさまにもいわない?」
「ああ、アリオーンにも言わずにおこう。アルテナと私と、空の上での二人だけの秘密だ」
アルテナは、小さなあごに手を当てて、考えるそぶりをした。そして、わずかな思い出を手繰り寄せるように、答えた。
「やさしい、こえをしているの。すてきなこえで、おはなしをしてくれるの」
「ほう、それは、誰なのかね、名前は?」
「しらない。ゆめのなかにいるの」
本当に、その声に出会えるのは夢の中だけだった。何の話をしているのかも、目が覚めてしまうと忘れてしまうが、その声の優しさだけは、アルテナの小さな胸の中でほっこりと、暖かく残っている。
「夢の中の王子様か。アルテナはかわいいことを言うな」
「ほんとうよ、ほんとうだったら」
「ああ、よしよし。私が、アルテナの言葉を信じない父であったかね」
トラバントは、胸の中でみじろくアルテナにほお擦りした。その後ろから
「父上!」
と、アリオーンの声がした。
「アリオーンか、こんな高度までよく来たな」
「父上のお姿が見えたので、追いつきたくて夢中でした」
「はは、お前にグングニルを任せる日も遠くないかな」
「ご冗談を…アルテナと、何かお話でしたか」
「ああ」
トラバントが言葉を続けようとして、アルテナは
「だめだめ、おにいさまにもひみつよ」
と、父の口を押さえた。
「そうだったな、二人だけの秘密だったな。
どうだアリオーン、もう少し遠くまで行ってみるかね」
「はい!」
「よかろう。アルテナ、ちゃんとつかまっておれ」
トラバントが手綱を握りなおし、竜の体にひとつ鞭をいれた。高い空の冷たい空気が、アルテナの顔にあたってくる。二頭の竜は、相前後しながら、青い空の中を飛んだ。

 あのころと今と、どちらが夢の中なのだろう。
 父と思っていた人は死に、兄と思っていた人は自分に背を向けた。自分を受けて入れてくれたこの場所が、新しい自分の居場所になるのか、それはまだ、今のアルテナにはわからない。
 うたた寝の間に涙を流していたのだろうか、寝台の、顔を押し当てていたあたりが、かすかに濡れていた。起き上がると、するりと気配がして、自分の上に何かがかけられていたのがわかった。
「これは」
寝具ではなかった。端につけられている留め具からすると、誰かが肩にかけていたローブのようだ。
「誰が…」
こんな気遣いをしてくれるようなものが、この城に残っているとは到底思えなかった。トラキアにあるすべての城は、非常事態の宣言を受けて戦闘員しか残っていないはずだったからだ。
「お目覚めですか」
その声に、ずきりと胸をさされて、アルテナは声の方を見やった。懐かしい、優しいあの声が、なぜこの虚しい城にあるのか、それもわからなかった。
「私は、眠っていたのですね」
「はい。お疲れのようでしたので、人を去らせました」
「気遣い、痛み入ります」
そう答えながら、アルテナの胸が高鳴ってくる。かすかなものではない、しっかりとした実態のある声がした。声の主が、すぐそこにいる。
「あなたが…これをしてくださったのですか」
手にしていたローブを、近づく人影に見せた。
「差し出がましいことをいたしましたが、お風邪を召されてはと思い」
受け取ったローブを、人物はさりげなく、しかしそつもなく付け直し、
「トラキア城のお兄上から、こちらの差し向けた親書に対する返答を受けたのですが」
と、切り出した。アルテナの心が、急に現実に引き戻された。
「そうだわ。兄…アリオーンからは、どんな返答が来たのですか」
騎士にすがりつくように、アルテナは返答を求めた。トラキア王国は、帝国に与したがゆえに、「解放軍」の標的となった。トラキア本城を残したすべての拠点を制圧され、親書と休戦の提案がいましがた、このルテキアから出されたばかりなのである。アルテナは、その返事が到着するまでは、夜が更けても待つと言っていたのだが、いつの間にか、眠ってしまったようだった。
 とまれ、アルテナから返答を求められた騎士は、苦い顔でかぶりを振った。
「あ…」
誇り高き竜の国は、竜の最後の一頭となるまで戦うと、解放軍の「降伏勧告」にはがんとして屈しないとはねつけてきたという。
「なんて馬鹿な…兄上…」
アルテナは、その場にぺたりと腰をおとした。次に会うときは敵になる。その言葉にかたくなになるアリオーンが、信じられなくなった。
「ほかには…なにか…トラキアはいってよこしましたか?」
ただ、アルテナのために一時でも剣を収め、開放軍を先に進めさせてほしい。思いつくだけの言葉を尽くしたアルテナの手紙も、
「…敵の軍門に下ったものにあう顔はないと、こちらは封を開けずに返されて参りました」
と、騎士は封したままの手紙を差し出してきた。
「兄と、戦わねばならないのですね」
それを受け取る手をさし伸ばす力もなく、アルテナはとつとつと言った。
「あい慕うもの同士が戦うのも、聖者ダインとノヴァの昔からのことと、思えば納得もしましょう。
 なんてバカで哀れなアリオーン…己の父の心がわからないなんて」
アルテナはゆらりと立ち上がった。そして、騎士が、静かに立っているのを見た。
「親書のことを、わざわざ私に報告しに下さったのですね。
セリスさまの指揮を仰ぐことになった今は、私が出向かなくてはならないことなのに」
「滅相もない」
騎士は抑揚のない声で言う。
「あなたはいまやレンスターの王女、私がおつかえするのに、これ以上の理由はありません」
「レンスターの騎士ですか」
アルテナは、再び彼から発せられる言葉に、少しく心をときめかせ始めながら、たずねる。
「では、私の弟になるリーフ王子を長く扶育されてきた…あなたがフィン殿」
「はい」
「これがもしトラキアと解放軍が平和裏に出会えていたら、あなたに出会ったことも喜びになるでしょうに。
 あなたの騎士道と才智は、敵ながら天晴れなものと聞いていましたから」
「もったいない仰せです。
 私は、ただ与えられた使命をまっとうするために、主人の死に目さえにも伺候しなかった愚か者です
 それゆえに、アルテナ様、あなた様のご存命なことを悟ることもできず」
フィンは深く頭をさげた。
「弟ともども、聖戦士の末裔を狙う暗黒教団や、マンスターの制覇をもくろんだフリージ家の追撃を逃れながら、あなたはこうして生きているではありませんか。
 自分を卑下するのはおやめなさい」
「は…」
「運命の狭間で、その魔の手から逃れることができなかった私の父母という人々に比べたら、あなたは幸運な人なのです。それを誇りなさい」
「もったいない、仰せです」
頭を下げたままの、フィンの鼻柱から、ぽつりとしずくが落ちるのを、アルテナは見てふと気の毒になった。
「泣いているのですか」
「これは…見苦しいところをお見せしてしまいました。
 アルテナ様のおっしゃられようが、亡き殿下によく似ていらっしゃるので」
「なんて幸せな人なのでしょう。なつかしくおもいかえし、涙できる幸せがあるなんて。それに比べて私は…」
アルテナの視界が急にゆがんできた。
「私には、本当の父母との思い出もなく、家族の記憶は所詮仮面のもの」
いつまでも、ただのかわいいアルテナであればよかった。竜に乗る技も槍を手挟む技も知らず、深窓に慎ましくおればよかった。そう悔いても始まることではない。しかしアルテナは、そう自らを苛むことを止められなかった。
「…トラキアの山を空を返せと、私がここで一人気概を上げたとて、始まるものではありません。
 わたしは、砦の聖者ノヴァの魂を今に受け継ぐもの、光のもとに帰するのは使命です」
嗚咽を抑え、深呼吸をして、アルテナは毅然と、フィンを見た。
「報告、ご苦労様でした。下っておやすみなさい」
「いえ、それが」
フィンは少し困ったような顔をした。
「今夜はこのまま、おそばにて控えることとなっております」
「私の側に?」
「レヴィン様からのお計らいです。レンスターでのアルテナ様を存じ上げているのは私一人、ご両親のお話など話して上げるようにと」
「まあ」
自分に憤っていたことも少し忘れ、アルテナは泣きはらした色とは明らかに違う顔色をした。ひっそりとした城の中に、粛々と染み渡る声を、もっと聞く時間があるのだ。
「でも、リーフは良いのですか?」
でも、はなから物欲しそうな顔をしては王女としての矜恃が許さない。興味のないふりをして、言った。
「私は、今はごきょうだいを主人と思っております。お二人のもとにレンスター王家の再興されるまでを見守り、それからのお二人の助けとなることが、使命と存じております」
「ありがとうございます」
アルテナは、ひとまずはそう言った。が、フィンは
「お邪魔なら、お呼びになる時まで控えておりますが」
と言い出す。
「いえ、私は大丈夫」
アルテナは、そう言われてからやっと、自分の本音を口にした。
「それよりも、何か話をしてくれませんか?」

 フィンは、アルテナの求めるままに、自分が知る話を訥々と語った。レンスター王家の沿革から王家の話、自分の、今に至る冒険のことまで、彼は何でも話してくれた。アルテナは、抑揚が少なく、それでいて決して無表情にならない声を、うっとりと目を閉じて聞いた。
 その声が途切れて、しんとした空気が部屋の中にはいってくる。見回りをする兵士の声も武器の触れあう音も遠くに消えて、この部屋だけが、ぽかりと何もない中にうかんでいるように感じられた。
「…私は」
その空気の中で、アルテナがそっと呟く。
「あなたが、大好きでした。
 あなたに甘えてばかりいた…」
「…」
フィンは、そっともたれかかってくるアルテナの体に、手を添えた。
「あなたに抱っこをねだって、全身であなたの優しい声を感じることも、もうできませんね」
泣きそうでもないのに、肩が震えてくる。その震えをおさえるように、添えられた手が、一瞬強く、アルテナの体をとらえた。
「私ならば、」
フィンの視線は、ことさらにアルテナを見ないように、意識的に全く違う方を見ていた。
「以前のように甘えてくださっても、いっこうに構いません」
アルテナの心臓が、一瞬跳ねた。
「迷惑ではありませんか?」
そう尋ねてみた。しかし、返事はなかった。
 アルテナは、両の腕をフィンの方にからめた。
「…あまえさせて下さい」

 おずおずと差し出したように、小さく開かれたアルテナの唇を、フィンの唇は意外なほどの強さで受け止めた。息苦しくなるほど深く、唇同士を絡めた後で、アルテナがふと尋ねた。
「フィン殿には、妻子はあるのですか」
「子供たちとは、先頃この解放軍の中で再会することができましたが」
フィンはアルテナの腰を支え、寝台にゆっくりと横たえながら答える。
「妻との再会は、まだかなっておりません」
その答えに、アルテナは安心感のような嫉妬のような、そんな複雑な感情を感じた。
「存命なのですか」
「生きておれば、きっと会うことはかなうと、信じています」
その言葉には、そうすることを当然とするような、確固たる意志があった。
「羨ましい。あなたにそこまで愛される方のお顔を、一度私も見てみたい」
フィンは何も言わなかった。アルテナの服を丁寧に取り去り、硬く結ばれたビスチェのひもを引く。竜に乗り、槍を扱うには邪魔になるばかりに思えて押さえつけた胸は、いましめから開放されて本来の柔らかさを取り戻すように、覆われた布を押し返した。
 できたすき間に手を差し入れられて、果実の皮をむくようにすくい上げられてアルテナの乳房が、ぷるんと揺れる。
「あ」
耳たぶやうなじを吸われながら、胸の束縛を失ったことを悟ったアルテナは、思わず目じりをそめ、胸をかばうように身を伏せた。フィンの手は、そんな反応は計算のうちにあるように、硬いビスチェのひもを抜き去り、外してしまう。成熟したての初々しい質感をもった体を、彼はもう一度、背中から覆うように抱きしめた。
「お美しくなられました」
その声が、アルテナを芯からふるわせた。言葉が鳥肌になって体を駆け、体の奥を熱くする。明快な言葉で彼女をほめたその唇が、もう一度耳たぶにふれて、軟骨をあまく噛んでゆく。胸に回された手は、ゆったりとしたふくらみをやわやわとほぐし始めた。
「あぁ」
かっ、と、体が熱くなった。唇が、うなじから背中に、そしてわき腹に落ちて、アルテナはゆっくりと、仰向けに寝かされる。
「あ、あの、…フィン殿」
わざと腹の底に力を入れた声で言った。
「私、その…初めてなのです…あの…あなたが教えていただけるなら、その」
「なんでしょう」
フィンが、唇ての愛撫をやめて、アルテナの顔を覗き込んだ。夜明けを思わせる深い青の目に、アルテナは息をつまらせた。
「教えて、いただけませんか…こういうときの、作法を」
フィンは、その問いかけに答える前に、アルテナのあごを指で上げて、しっとりと赤い唇を吸い、自分の舌先でなでた。息が上がるか上がらないかの絶妙の間で、その唇を離して、
「私でよろしければ」
と答えた。

 靴下も脱ぎ落とした、アルテナの素足に、フィンは唇にするような慇懃な接吻をした。ひざの裏をなで、ふくらはぎからかかとを吸い、やがてつま先にたどり着く。
「…ぁ…」
半ば眠るように目を閉じたアルテナが、ぴくりと身をすくませ、目を開いた。フィンははばかりもなくつま先の、指の一本一本を吸う。
「あ、…ぁ」
アルテナは、足の指をなめられているだけだというのに、体の奥が痒くなるような感覚が導き出されるのに、戸惑うような声を上げた。その感覚が、やがてはっきりと、自分の女の部分に触れ始める。
 足の指の間に、ねっとりと舌を差し入れられて、
「はぁっ」
声を上げていた。情事にはまったく関係のない部分だと思い込んでいたところに、そこまで自分をかきたてられるのが信じられなかった。
「あ、あの…フィン殿は、どこで、こういうことを教えられたのですか」
「?」
まじめな顔でフィンは愛撫をやめて、
「妻と答えればご満足ですか」
と言った。
「え、その…」
「かかわりあったのは短い時間でしたが、私と妻は、密度の高い時間をすごせたと思っています」
「…」
「そこで覚えたいくつかの方法で、アルテナさまをお慰めできるなら、冥利に尽きます」
そこでフィンは話すのをやめて、舌をつうっと内腿に滑らせた。
「は」
アルテナは「来る!」と身をすくませた。両脚の間にある特別な部分が最終的に重なるということは知っている。その部分を手指でなく舌で愛撫する方法もあると知っている。しかし、その覚悟は空振りだった。そのまま、舌は腹の上をするりと動いて、乳房の先に吸い付いた。
「んくっ」
アルテナが声を引いた。緊張と、意外な愛撫が、彼女の体を十分に熱くし、本来愛撫されてしかるべき場所は、本人が思っていたより敏感になっていた。
「あ、あぁ、…はあっ」
唇の中で硬くなった乳首を、きゅうっと吸われ、指がもてあそぶ。それは下半身をも十分に熱くした。腹の奥がきゅうっと締め付けられるようだが、悪い気分ではない。
「ん、んくぅ…」
声をのどの奥で殺して、アルテナは背中をわずかに寝台から浮かせた。つかみ所を探そうとして、手に何かが触れた。
「!」
それをまじまじと触りなおして、アルテナは空いていた片手で「あ」と、赤くなった顔を押さえた。
「どうされました」
フィンがあまりに平然としているので、目を合わせようもない。
「あ、あの…私、触ってしまいました…」
人間の体で、骨でないものがああまで硬くなるものか。アルテナは新しく知った男の神秘に、返す言葉をなくしている。それでも、手は、フィンの股間にあるものを触り続けている。
「愛撫されているだけでなく、して差し上げることも大切です、未来のお相手も喜ばれるでしょう」
という彼の顔は、触れられていることで、確実に何らかの変化をした。
「あなたは、うれしいのですか?」
と、アルテナがたずねてみる。
「恐縮ながら」
彼の答えは短かった。存外に、照れているのかもしれない。
「当代に現し身をもたれた聖女ノヴァにいつくしんでいただけるとは」
そんな、他人のようなことを言った。

 フィンの片腕が、アルテナの首の下に差し入れられる。まだ幾分かは恥ずかしかったが、記憶の中の優しい声が現実にあり、その声が声にならず、胸をわずかに弾ませた吐息になって耳元やうなじにかかるのが、むしろうれしかった。
 もう片方の手が、アルテナの、やわやわとした体毛の中に沈んでゆく。
「あんっ」
自分でも驚くほど艶かしい声だった。するすると、茂みに隠れた秘密の谷を、すべるように指が動いて、
「熱くなっておられますよ」
と、吐息がちに告げられた。指がその場所を動くのに、抵抗はほとんどない。「ああ、私はきっと、濡れてしまっているんだ」と、アルテナは顔が熱くなるのを抑えられなかった。
 その指が、谷間の奥で花開こうとしているつぼみに触れた。
「ああ、あっ」
ぴりぴりぴりっと、雷魔法に撃たれたように、アルテナが震えた。腹の奥がまたきゅうっと締め付けられるようで、底から何か熱いものがあふれるような感覚がした。
「な、なに、これは… はあ、あう…」
声はもう抑えられなかった。フィンの指が、自分の体の中を直接触れているようだった。アルテナの声が響くのか、フインの息がはっきりと乱れてくる。アルテナの手をとらえ、自分のほうに導くその指は、アルテナが想像したとおりに、ぬめるほどの潤いに包まれていた。
 先ほど、誤って触れてしまったときより、それは硬度と熱さを増していた。槍の柄のような硬いものの先は、一旦くびれて、槍の穂のようにいかめしい。
「何故…これはこんな形なのですか」
 好奇心に促されるまま尋ねてくるアルテナに、
「もう少し後になればおわかりいただけます」
と、フィンは答えた。体毛の上からなでてもはっきりと存在の確認できる、敏感なつぼみを押さえながら、指を伸ばす。いきなり奥に差し入れられるような無粋なことはなく、ごく浅い部分をざらりとこする。
「んっ」
アルテナの声の質が変わった
「こんな気持ち、はじめて…」
つぶやくように言った。それぞれの部分をなでながら、アルテナの手の暖かさに腰が動きそうになるのを堪えているようだった。事実彼は、アルテナが感極まって、極上の歓喜の声を上げるのを、じっくりと待った。

 やがて、
「もうだめ、これ以上は…」
アルテナが弱りきった声を上げた。
「いけません、フィンどの、おねがい…」
哀願するような涙声が、快感の暴走を抑えようとしているが、無駄な努力のようだった。
「フィンどの、もう、だめです… …ふぁぁっ」
目じりにたまっていた涙と、秘密の谷間の切ないしずくとを、ぽろぽろとこぼしながら、アルテナは生まれてはじめての絶頂を全身にはしらせた。その余韻にひたる姿は、美味なる果実が、熟したその果肉を自らさらし、与えようとするようにも見える。
「あ」
アルテナが、目をほんのりと開けた。フィンが見つめているのに気がつくと、赤らんだ顔を背けようとする。
「それで、よろしいのですよ」
誇り高さを影にかくして、今は年相応の娘の顔になっている。まだ、それぞれの手はお互いの本能の場所に当てられていた。
 アルテナの手が、ぴく、と動く。
「最後は、これを…私の中に入れるのですね」
フィンの胸板の下に顔を隠すようにして、視線だけが、ちらと彼の顔をみた。
「そうです」
フィンはそれだけ言って、アルテナの脚をひらかせた。

 光のあるところでみると、それはますます奇妙だった。自分の体に、こんなものが入る場所があるのかと、そうおもった。
 腰がわりいって、濡れた場所にあてられる。先端がうずまったが、その先は、あの膨れた場所が通過するのだ。
「もうすこし、お腰を上げて」
言われるままに、下腹を持ち上げると、それは根までアルテナの中に納まった。
「ひくぅっ」
アルテナの体が固まる。その辺の娘なら、声を上げて破瓜の痛みを訴えるだろうが、彼女はそうせず、体中でその声をおさえつけていた。フィンはアルテナの頭を抱きこんで、固まったからだが柔らかくなるまで、じっと待つ。
 どれだけそうしていたろうか、
「…ふ」
アルテナが息をつく。体の緊張がほぐれてゆく。しかし、二人つながったところだけは、まだ彼女は震えていた。
「お苦しくありませんか」
「すこし…でも、大丈夫」
「それは何よりです…妻にはあせりすぎて、苦しめたものですから」
フィンはわずかに自身を引き、そしてまた根まで収めた。アルテナが眉根を寄せる。
「ん」
ゆっくりと、じれるような抽送を何度も繰り返す。アルテナの表情が、そのうちに眠るように穏やかになり、また、眉根をよせた。
「あ」
悲壮さの消えた、戸惑うような喘ぎが、突きこまれるごとに、もれてくる。
「あ…あっ」
フィンの腕をつかむ手に、ぎゅっと力が入った。ゆっくりと出し入れされると、恐ろしくみえたあの部分が、自分の中を行き来するのがわかる。ぴったりと密着すると、自分の奥底がなんともいえない感覚になった。
「ああ、へんな、きぶん…」
頭が朦朧とする。あの部分は、私をかき回して、こんな悩ましい思いをさせるためなのかと気がつくまで、時間はかからなかった。

 いたわるような動きがもどかしくなり始めていた。でも、激しい動きを催促するのは、子供がおねだりしているようでできなかった。
「はぁっ…はぁっ…あ、ああ」
堪えるのをやめて、声を高く上げた。次の瞬間、フィンが激しく唇を重ねてきて、寝台に埋め込まれるような突きがおそってきた。
「んむ、む、むーっ」
唇を舌でこじ開けられて、舌をあわせてくる。
「んむ…ぅ、はぁ、は、んぅ」
唇を離しても、舌同士は、まだ、名残惜しそうに絡んでいる。フィンが耳元で指示を出す。
「私に合わせて…お腰を動かしてごらんなさい」
「は、は…ぁ、ぁい…」
ひざを押さえられて、彼女の脚は、限界まで広げられている。その真ん中に、フィンの腰が沈み込んで、ぬぷっぬぷっと空気と粘液を絡めながら、追い込みをかけていた。未知の快感がアルテナの体に刻まれてゆく。腰を動かすと、進入する角度が変わる。びりびりとした波が、アルテナの奥と入り口を行き来する。
「ふぁぁ、ああっ…ふぅっ」
アルテナは、寝台の揺れから自分を守るように、フィンに腕を絡めた。汗をにじませた肌に、豊かな髪が張り付いているのも、まったく気にならなかった。ふるふると上下する胸が、フィンの胸板にくにゃりと押し付けられる。
「…ぐ…うっ」
息を荒げることしかしなかったフィンが、急に喉奥でうめいた。深いつきこみがに三度あり、
「はぁうっ」
アルテナが声を上げると、ずっと腰をずらした。アルテナの形のよい胸と臍に、白い飛沫がはねた。最後を搾り出すようにしごくと、アルテナから潤み出た粘膜が、残りのしずくと一緒に、鮮やかな血の色をしてぽとりぽとりと落ちてきた。
 アルテナは、乳房にはねた白い飛沫を指にとり、それを舌で取った。ほろ苦いような味が一瞬した。

 アルテナが眠るまで、フィンはこの部屋にいたと思う。夜明けまでの仮眠の間に、彼はどこか別の場所に行ってしまったようだ。
 掛け布団の上に、彼のローブがかけてあった。寝台の開いたところに、服が集めて折りたたまれていたが、アルテナはローブだけを羽織って、今にもあけようとしていた空を見た。
 かさりと、指に何かあたった。アリオーンのもとから読まずに返されてきた手紙だった。アルテナは、自分の哀願するような筆跡を、一度指でなぞってから、暖炉の中で小さく燃えていた火の中に投げた。
「さよなら、かわいそうなアリオーン」
手紙は、一瞬だけ彼女の顔を照らして、すぐに白い灰になった。

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