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シルエット・ラプソディ
「お前に一生は一体何個あるんだ」 ヴェルダン城のとある一室で、テーブルに頭をこすりつけんばかりに下げたシグルドを前にして、キュアンが複雑な顔をしている。 「たしか、進級試験前の板書を写させた時に、何度も同じことを言っていたな」 「そ、それはまた別の話で」 「だいたいだ、」 顔を上げさせてから、キュアンはいささか憮然とした顔で言う。 「士官学校が暇な間に、その勉強をする時間はいくらでもあったはずだ。 お前がその勉強を怠るとは、俺はどうしても思えないのだがな」 「言葉を返すようだがキュアン、お前はその勉強というのを、したことがあるのか」 「…今に至って開き直るか」 「理屈はいい、あるのかないのか」 いきなり高飛車に出てくるシグルドに、キュアンはあきれながら言った。 「無いといえば嘘になるが?」 「お前、エスリンというものがいながら、なんてふしだらな」 シグルドがテーブルを超えてつかみかかってくるのを、キュアンが 「待て、話は最後まで聞け」 と突き放す。 「お前が考えるようなふしだらな事なんかするものか。 教えられねば、男も何もできん」 「誰が教えるんだ、そんなこと」 「教えられるか、エスリンでないことはたしかだか。 学習だからな、色気も何も無かったぞ。 今教える立場になろうとは、俺も思わなかったが」 「エスリンはその事を知っているのか?」 「…それに答えてもいいが、話が少しズレてやしないか」 「そうか?」 「そうだ。 もともとは、お前が、俺に床の作法を教えてくれと、泣きついてきたんじゃないのか」 憮然にいうキュアンの前で、ふらりとシグルドは椅子に座り直す。 「そうだった… なぁキュアン、どうすればいい」 「どうするも何も… 寝台に作法なしだ。二人のしたいようにすればいいじゃないか」 「そのまえに、その仕方がわからないから」 「教えを乞いたい割りには大きく出るんだな、兄上」 キュアンがにやりと笑う。シグルドはどこまでも茶化されて、仕方なく 「殿下、どうか私に教えを賜りたく」 と頭を下げた。 「ならばよし」 シグルドは、ウェルダンに出撃中、精霊の森と呼ばれる深い森の中で、本人の曰く「運命の人」に出会った。 その名をディアドラという。銀色の髪に菫色の瞳をもった、幻想的な、まだ妙齢というには早い年ごろであったが、二人のあまりの水の入り込む隙間もなさそうな有り様には、誰も文句のつけようが無かったのである。 おって、グランベル本国からヴェルダン王国だった地の統治を命じられ、名実共にエバンスの主になったシグルドは、その勢いに任せて、ディアドラとの結婚まで済ませてしまおうと思い立ったわけだ。 しかしただ一つ、問題があった。 ディアドラの程はそれとして、シグルドは初夜の過ごし方を、全く知らなかったのだ。 頼まれた側が、頼む側に回る。 「兄様のことだから、そんなこととは思ったけれど、あなたも変な約束を請け負ってくるものね」 エスリンの反応は、改めて言い立てるまでも無い。 「なに、ふりでかまわないんだよ」 キュアンはそのエスリンの右左になって、その顔色を窺う。 「さっとやり方だけを流すだけだから。恥ずかしくないようにもちゃんとするから」 「恥ずかしくないって、兄様が見ているところでするのとおんなじじゃない、恥ずかしいわよ」 終いには半泣きになる妻の前で、キュアンはやれやれ、と言う顔をした。 「こんなところで恥ずかしがっちゃいけないなぁ、エスリン」 「だって…」 「今はもうすたれた習慣だが、国によっては、初夜はもちろんとして、毎夜の営みを一部始終廷臣一同の前で見せる国もあったんだぞ」 「うそ、そんなこと言って、私に実験台にさせたいんでしょ」 「嘘じゃない。その上、出産さえ、その廷臣の前で公開したんだぞ。 アルテナの時に、部屋に人があまりに出入りするのが恥ずかしいと言っていたのとは訳がちがう」 「…」 「そんな時代に生まれてなくてよかったと、つくづく俺は思っているけどね」 「私もね。 でも、それとこれは話が別よ、キュアンみたいに、初夜の先生でも兄様の部屋に送り込んだらいいじゃない」 「シグルドがそれを許すと思うか? ここまで来たら、ディアドラでと思う、彼なりの男心だろう」 キュアンは言いながら、さりげなくエスリンの座り、その肩を抱く。 「人助けと思って」 「…」 「ダメかなぁ」 その肩の手がする、とおちて、エスリンの腰のあたりを引きつけるようにおさえる。 「!」 エスリンが息を飲んで、体を強ばらせる。 「出来れば、こんな手段には訴えたくは無かったんだけどねぇ…」 急にしんなりとして、キュアンに寄り掛かってくるエスリンの、腰の辺りをゆっくりとさすりながら、キュアンはいかにも面白そうに言った。 端から見れば、ものすごく異様な光景だった。 帳が一ヶ所だけ開けられた寝台と、椅子が一つ。その椅子にはシグルドが座っていて、寝台の帳の開いたところには、キュアンがもろ肌を脱いで座っている。 「まあ、もどかしいとは思うけど、説明しながら進めていくから、重要だと思う部分は自分で判断してくれ」 「あ、ああ」 シグルドはくつろぐ様子も無く、真剣至極の顔でうなずく。 「じゃあ、始めるぞ。 帳をこれ以上開けるのは無用に願う。これだけはエスリンとの約束なんでね」 「兄様、本当にそこにいるの?」 小さい声でエスリンが言った。キュアンは「いるよ」と返して、薄い掛け布団にくるめていたエスリンの体を表に出す。 「まあここは説明をするまでもないと思うが、まずは、思いつく限りに肌を合わせて見る。はやるなよ」 キュアンは帳の外に言って、エスリンの唇を慣れたように吸う。 思ってみれば、こんな昼日中にこんな事をするのは、彼も初めてだ。しかもエスリンは、キュアンのいたずらが過ぎたのか、体に力が入らない、ふれなばおちん様子だ。 唇を離しがたそうに顔をすり付けてくるエスリンに、 「こらこら、本気は程々に頼むよ。ふりだけでいいんだから」 と囁くと、エスリンは不満そうな目をした。 「まず気をつけなければいけないのは、女性は最初から男ほどには燃えない、というところだ。 でも最初から、火種になる部分はある。 お前得意の口で気の利いたことでも言ってやりながら、火種の部分を扱うんだな」 帳の向こうで、うむうむ、と返事をするような声がする。キュアンは、解説しながらは忙しいな、と、話を受けたのを少し後悔しながら 「君の火種はどこだったかな」 とエスリンに問う。 「知ってるでしょう」 「でも、今はあまり慣れたことは出来ないよ、君は初めてのつもりでいないと」 「なんか、物足りない」 「今夜その借りは返すさ」 キュアンは、エスリンの頬に一つ口づけて、おおよそ女性の汎用な勘所を撫でる。 「胸先の、少し飛び出たところなどは、指で押したりしてあげるといい。爪はなど立てるなよ。お前にこどもが出来た時、大切な部分だからな」 言う通りにその部分を撫でられて、エスリンは「あ」と声を上げた。 「声もいつもより控えめでな」 「つまんなぁい」 「最初のうちはその声も出すのを恥ずかしがっていたのに…」 「じゃあ、こうしとく」 エスリンは両手で口を塞いだ。 「ああ、そうしていてくれ」 たとえばこんな所、こんな所、とキュアンが言うほどに、エスリンの足がぴくぴくと震えているのを、シグルドは不思議な心もちで眺めていた。 自分の記憶にあるのは、全くの赤ん坊の姿か、せいぜい、つるんぺたんですとんとした体つきだ。それがいつの間にか出るところが出てくるのだから、面白いものだと、シグルドは半分ぐらい感心しながら眺めている。 その帳の外を知ってか知らずか、エスリンがおさえた口から 「もう…限界…」 と言った。直接火種をかき回されているのだ、慣れない娘ならともかく、慣れきったエスリンにはこれ以上耐えろと言うのが酷だ。 「ご苦労。じきに終わるから」 キュアンがそういって、講義の続きを始める。 「いろいろとやっているうちに、女性は潤う。男が立つのと同じ生理現象だ。 よく聞いておけ、ここからが肝心だ。 足を開いてもらう。無理強いするなよ。相手にその勇気がなかったらそこで止めても仕方ないぐらいの気持ちでいくんだ」 「止めなきゃならないほどの事があるのか?」 「男と違って、一生を決めかねない大事だからな」 「ふぅん」 「もしうまく足を開いてもらえたら、その間に体をいれる」 帳からのぞく足が、うつぶせるような体勢になる。 「少し探れば、自分がどこに入るのか、だいたい分かるはずだ。 初めての女性は、少し受け入れるのに難儀をする。ここで、お前がいつもするような猪突猛進は厳禁だからな」 「難儀?」 「エスリンの体験談からすると、激しい痛みを伴うそうだ。 だから、ここでも、あまりに相手がそういう難儀をかんじているようなら止めてもいい」 「なんだ、また止めるのか」 「初夜は儀式だからな。必要なのは二人が一晩過ごすことで、これが最後まで出来る事では…ぅ」 キュアンが、説明の途中で絶句した。 「エスリン、なんてことを」 そのあと、小声で言う。エスリンが、にんまりとしていた。 「ふりだけだとあれほど言ったじゃないか」 「知らない」 絶句したキュアンに、シグルドの声がかかる。 「どうしたキュアン?」 「いや、なんでもない」 なんでもなくはない。キュアンが説明に気を取られている隙に、エスリンは勝手知ったる夫の体を探って、難儀なんて昔の話でしたと言わんばかりに、するっと受け入れてしまったのだ。 「ぶ、無事、難儀をいたわりながら、結ばれたとしよう」 「本当に大丈夫なのかキュアン? 声が変だぞ」 「大丈夫」 腹の底に力を入れてキュアンが言うと、エスリンが 「本当に大丈夫?」 と囁いた。 「君を信用するしかない。 頼むから、おとなしくしていてくれ」 キュアンはそう返して、 「この後、お互いをより深く結びつけるために、抜き差しをして刺激する。果てれば、ひとまずおしまいだ。 何度も言うが、初めての女性は壊れ物とおもって、どんなにお前がはやっても、ゆっくり行わなくてはいけないぞ」 説明を続ける。説明の通りに、自分も行ってみる。エスリンは、ため息交じりに小さな声を上げた。 「もっと、速くぅ」 しかしキュアンはその声を無視した。 「むしろ、自分でも物足りない程度に早く終わったほうが、相手も安心するだろう。 時間はあるんだ、あれこれ何かしたいなら、ある程度慣れてからだな」 「あれこれって、こんな感じ?」 エスリンが体にきゅうっと力をいれた。 「ぃぁ」 キュアンの方が奥歯をかむ。腰をもたげて、すり付けるようにされる。 「まて、エスリン」 「待てないっ」 帳の中がにわかにただならない雰囲気になったのに、シグルドが腰を浮かせる。 「大丈夫か二人とも」 「すまんシグルド、俺が教えてあげられるのは、ここまで、だ」 疲れ果てたように言うキュアンと同じ方向から、 「兄様」 とエスリンが声を出した。 「女の子は、人によっては、初めてでもいろいろ知っている場合がありますからね、それにはお気を付けてくださいまし」 「あ、ああ」 何が会ったのかよく分からないまま、シグルドはそう返答する。 帳の中では、シグルドに一連の説明をすることで精一杯だった所をつかれ、急襲をうけてあっけなく果てたキュアンの髪を、結ばれたままで子供をあやすような顔で撫でているエスリンがいた。 数日後、エバンスで華燭の典は華々しく執り行われ、その夜は新郎新婦を慮ってかそれとも総じて聞き耳を立てているのか、ひっそりと静かに空けた。 その朝。大声でキュアンを呼び回るシグルドの姿が会った。 「なんだシグルド、もう少し寝ておけよ…風情のない奴だな」 部屋から出てきたシグルドに、 「いや、話しというのはほかでもなく、予想外のことが起こったもので、どういうことか説明を受けたくて」 「予想外?」 「昨晩はなるべく君の言う通りにしたつもりなんだが、その」 「うまくいったか? ダメだったか?」 「その判断がつかないから困っている」 「まあなんだ、話しは聞いてやろう」 まさか生々しい人の常時の一部始終を聞く羽目になるとはキュアンも思わなかったわけだが、結論から言えば、たいした難儀もなく終わったらしい。しかも最後まで。 「それはいいんだ、問題はその後だ」 かつてない解放感を味わいつつ、寝台の上のディアドラを探っていると、彼女は起き上がって、何かしている。 「どうしたディアドラ? やっぱり辛かった?」 と聞くと、ディアドラは涙目で振り返る。 「どうしましょう、私、汚してしまいました」 明るくなってからその場所を見ると、乾いた血の跡になっている。 「そんな話は聞いていないから、一体どういうことかと」 「…」 キュアンは、そんな下らん事で朝早くから人をわざわざ起こしたのか。と言う顔で髪をぐしぐしとやった。 「で、当の本人はどうしている?」 「私の部屋にいるよ、出るのが恥ずかしいらしい」 「なるほど」 キュアンは一つため息をついた。そして、 「エスリン、聞いた通りだ、行って説明してあげてくれ」 「はぁい」 帰ってきたエスリンの声も、半ばあきれていた。 「お前の質問に端的に説明すると、これ以上もない大成功だ。 ティアドラの体も落ち着けば、そんなことは無くなる。 後は二人の話だ」 「そうか」 シグルドは一つ安堵のため息をついて、早くに起こしたことを謝りもせずに帰ってゆく。 「…人騒がせな奴だ」 キュアンが一言毒を吐く。エスリンはそれを笑いながら受けて、 「でも、兄様の事でよかった」 「なんで」 「私達の周りには、それこそ雄しべと雌しべから話さないといけなさそうなのが一人ほどいますから」 「…ああ」 「そろそろ気になる女の子の一人二人ある頃だと思うのだけど」 「いればいいんだがな、自分で勉強してくれれば、こんな苦労はしなくてすむ」 キュアンは言いながら、部屋の戸を閉めた。 |