戻る
Paradise Lost
Paradise Lost=失楽園 かつて、悲しい伝説によって南北が分断されたトラキア半島は、いまは一つに統合され、半島一つがそのまま、「新トラキア王国」と称されるようになっている。 マンスター地方と呼ばれる半島の北部は、かつてこの地方の領袖であったレンスター王家が中興して管理し、旧トラキア王国であるところの半島の南部は、若い国王リーフの姉、王女アルテナが引き受け、統治した。アルテナが何よりそれを望み、トラキアの民も、派遣された指導者よりはと、アルテナの支配を歓迎した。 足並みをそろえて進む復興の道。いずれ、赤土ばかり目立つトラキアの土にも、優しい花が咲き始めるだろう。 統合されたとはいえ旧トラキア王国だった地域はアルテナの支配下にあるわけだから、称号を王女とは言いながら、彼女は新トラキア王国の女王といっても差し支えない待遇を受けた。リーフと同じ高さにたつことを許されているのである。リーフは王冠を戴くが、アルテナは神器ゲイボルグを持ち玉座に座る。その荘厳なたたずまいは、まさに聖女ノヴァの再来と讃えられた。 国王の執務室。リーフは、その言葉にため息をついた。 「…行くんだね」 「はい」 机をはさんで直立不動の姿勢を崩さず、フィンは淡々と答える。いたずらそうな目をして、いまさらのようにリーフが尋ねる。 「イード砂漠って、何があったっけ」 「運がよければ、何らかの手がかりが見つかることでしょう。いえ、なんとしてでも探し出して、そのときにいなかった自分をしかってもらうつもりで」 自分でそう決めたのだ、たとえリーフであっても邪魔されたくないという気持ちであった。たとえばそれが、自らに一抹の忸怩たるものを感じさせる内容だとしても。 リーフは、全部わかった顔をして、手に持っていた書類に、改めて目を落とした。 「お前がそこまで言うなら、僕はもう止めないよ。そのつもりで、仕事を全部整理してきたんだろ?」 「はい」 「なら、お前が納得できるまで、砂漠でもどこでも探してくるといいよ」 「ありがとうございます」 最後に背中が見えるほど頭を下げ、退出しようときびすを返したフィンに、リーフが声をかけた。 「フィン、姉上にも挨拶は忘れないでくれよ。黙っていったら、きっと姉上はお前を追って一緒に出て行ってしまわれそうだからな」 アルテナがいわゆる解放軍に加わった時、行く先の不安に震ええていたのをフィンが慰めた、そうして結ばれた二人の縁は、本人たちが全くそぶりを見せないのも手伝って、誰にも知られずに続いていた。 さすがに、リーフには話さないわけにはいかなかったから説明をしたが、彼はいやな顔などせず、むしろ喜んだのだ。 「お前が兄上になるのか? それも面白そうだ」 せっかくレンスターに戻った姉と、再び縁談で離れ離れになるよりは、フィンがアルテナを支え続けるほうがそれぞれのためになると純粋に思っているのかもしれない。 しかし、フィンは過去に恋人との間に子供をもうけたことがあり、さらにはレンスターから追われ、半島を流浪している間、形式的な家族すら持っていたという経緯がある。もっぱら後者の事情が人のよく知るところとなり、説明しなければ、ナンナも本気で彼の娘と思われ続けていただろう。 アルテナは、その辺の事情をよくわかっているようだった。 「私はいいのです。 夢の中に思い出すほど、焦がれていたあなたとこんな時間が過ごせるだけで… ただ…」 「何でしょう」 ふっかりとした羽根布団の中で、そう口ごもったアルテナの体を背中から抱きしめてみる。 「普通の世間では許されないこと、これがわかったら、あなたも私も大層人望を失うかもしれません… …それが怖い… いえ、私は良いのです。きっとあなたの傷になること、それが悔しくて」 初めてすごした夜以来、アルテナは今を盛りと咲き誇る花のようにあでやかな肢体に艶を増していた。飲み込まれそうな優雅さにそれが重なって、生まれながらの王女という言葉がよく似合う。その王女が、秘密の恋人のために心が張り裂けそうな思いをしているのだ。 「奥様も、私を許さないでしょう」 「私のことはどうぞ、お気になさらずに」 「いけません、心配させてください。あなたは何もかもを自分の中にしまいすぎています」 アルテナが向き直った。すがるような目が、フィンの瞳を見つめる。気高さ故に、そのしぐさがいじましい。 「今日も、何か言うことがあって、ここに来たのでしょう」 起き上がり、夜の衣装を着なおし、暖炉に近い椅子に座り、隣の椅子をすすめられる。フィンはためわらず座った。 「さあ、何があるのですか?」 改めて問われて、フィンは言葉を探しながら、旅をすることを説明した。 「…父上か、母上か、何かの手がかりがみつかりますか?」 「それができればと、思っています」 「奥様のことも、探しにゆくのでしょう?」 暖炉の火がアルテナの頬を明るくそめた。 「妻をですか」 フィンはそう返していた。まさかアルテナの口から今そのことが出るとは思ってはいなかった。いわれるまで、妻のことなど忘れてさえいたのだ。 「まあ、いつまでも離れ離れでいるつもりでいたのですか、あなたは」 鳩が豆鉄砲を食らった顔のフィンを、アルテナはくすくす、と笑っていた。 「あなたがそれを言い出すのを待っていたのですが、結局出てこないので言ってしまいました」 「アルテナ様、妻とはいえ、他の女性のことを、ここでずけずけといえるほど、私は朴念仁ではありません」 「そうだったかしら、あなたはこの寝台の上で、母のことを何から何まで話してくれました」 アルテナはうふ、と笑って、夜の闇に完全に閉ざされた窓の外を見た。長いこと見た。 「フィン殿」 「はい」 「出立は早いのですか?」 その言葉を出すために、長い時間、彼女の心の中では何か葛藤があったのだ。ここで出立が一両日の後に迫っているなど、とても言えたものではなかった。しかしアルテナは、 「急ぐのですね」 フィンの沈黙の裏を、ほぼ的確にいい当てた。 「ひょっとしたら、わざと急いでいるのかもしれませんね」 そうとも言った。このしばらく、預かった仕事の一切合財を部下や官吏に割り振っていたのを、知らぬアルテナでもない。 「アルテナ様?」 フィンの胸の中がざわりとうごいた。 「…もしかしなくても、今夜が最後なのですね。 いつ帰る旅かは、あなたしか知りえないことでしょう。 確実にわかるのは、あなたが帰ってくる頃には、私はゲイボルグを次代に受け継ぐために結婚をさせられ、子供の一人もあるかもしれないこと」 フィンはがっくりと首を落とした。廷臣の何人かからそういう話があるのも知っている。そして別の何人かは、フィンを伴侶とさせることにやぶさかでない動きである。過去の二回の 「結婚生活」も、正式なものでないから、アルテナの傷になることはないと。リーフは、あえてそれに何も言わなかったが、実際のところは、繰り返すまでもない。 「…陛下のご意向は、大変ありがたく。できればこの旅も延期して、周囲を安心させてからにせよと、苦言を賜りもしました。 ですが、私は」 「わかってます。リーフも無理を言うものですね」 フィンは深く首を投げ出した。自分をアルテナに配そうというリーフの配慮は、心から嬉しかった。 三人が深くかかわりあうことができれば、国の発展にかつてない勢いがつくだろう、それもわかった。 しかし、それを投げ出しても、彼には旅に出なければならない理由があったのだ。 フィンは、その理由を言い出したくなるのをぐっと飲みこんだ。 「申し訳、ありません」 図らずも、フィンの声が涙がちになってゆく。アルテナは、気を使ってくれているのか、 振り向かなかった。栗色の髪がすこし傾げてさらりと艶めいたのは、笑っているのだろうか。 「謝らなくていいのですよ。あなたが目覚めさせてくれた私の女の勘が言わせるのですもの。 あなたの旅には、もっと、もっと深い、私が触れていけないものがあると」 「アルテナ様」 アルテナの言葉はさりげなく、フィンの胸をえぐった。涙の引いた顔を上げると、 アルテナは窓を背にして、夜の衣装をはらりと脱ぎ落としたところだった。彫刻のようにすらりとした肢体に、丸く、上を向いた乳房がかわいらしく並んでいる。露にされた体毛にも、淫靡さはまったくなく、健やかに、彼女の秘められる場所を覆っていた。十数分前は、むさぼるようにその肌に触れていたのに、それが恥ずかしくなるほどの神々しさだった。 「フィン殿…私は、あなたを忘れません」 「お寒いでしょう、こちらに」立ち上がり、差し出されたフィンの手をすりぬけ、アルテナは彼の首に手を回した。 フィンは、背中とひざ裏に手を回し抱え上げ、裸のアルテナをそっと寝台に下ろした。 どちらから求めるでもなく、唇を絡める。彼女の栗色の髪が視界に広がって、穏やかな闇を作った。 「私があなたから教えてもらったものは、勘だけではないのよ」 その闇の中、小さくアルテナが言った。 「は?」 フィンは怪訝な声を上げた。特別な何かを、ことさらに教えた記憶はなかった。彼が教えたと自覚するならば、それはすべて、過去に妻との生活であった普通の情事のはずだと思ったからだ。アルテナは、フィンの傍らにかがみこみ、中途半端に力が入っているフィンを手に取った。 「アルテナ様、それは、あなた様がなさるようなことでは」 それに唇を寄せようとしているアルテナを腹越しに見て、フィンは思わず声を上げた。が、 「!」 アルテナはかまわず口を開き、その先端を含み、フィンは息を飲む。そうされてから、初めてフィンは、そういう方法もあると閨語りにしたことを思い出した。 「ん…」 アルテナの喉がなる。大きな飴玉をなめるように膨らんだ先端を舌がなめてゆくのを感じる。図らずも、フィンの足の指が開いた。 「お、おやめください、こういうことは未来のご夫君にこそなさることで」 といっては見るものの、情けないぐらいに体は正直に反応してしまう。 「私のは同じようにするのですもの、不公平だわ」 アルテナがわずかに口を離して、そう憎まれ口をきく。フィンはアルテナの足を取り、ひょいと持ち上げると、アルテナの体を完全に乗せてしまった。アルテナの、慎ましやかに体毛に隠されていた秘密の部分は、やや興奮しているように見えた。やわらかいヒダが少し口をあけ、指先で触ると、くにゅりと何も抵抗もなく、奥の粘膜に触れることができた。 「ぅん」 フィンを口に含んだままで、アルテナが悩ましい鼻声を上げた。ゆらりと腰を搖る。フィンは、アルテナの丸い尻を口元に引き寄せ、物欲しそうに口を広げ始めた秘めやかなヒダを指で押し開き、その中を吸った。 「うく…ぅん」 アルテナが困ったようなあえぎ声を上げる。口を離し、 「…だめ、そんなのなしよ…、いけないわ、私がしているのに」 と言った。しかし、フィンは構わず舌を滑らせる。天地が逆になったアルテナの秘密の花園にあるつぼみは、すでに咲きほころびそうなほどに膨らんでいた。それを指でさする。 「あぁ」 アルテナは背を反らした、しかし、フィンの体に覆いかぶさる体勢では、反るというより、さらにフィンに自らの秘所をすり付けるような形になった。 「だめです、フィンどの…最後なのに…」 アルテナが振り返って、少し恨めしそうな声を出した。かっちりとした王女の顔が、だんだんほぐれて、年相応になってゆくのは、いかに朴念仁のフィンでも悪い気はしない。 「では、最後までなされますか?」 「…頑張ってみるわ。やり方を、教えてね」 アルテナは真面目な顔をして、邪魔な髪を耳に挟んだ。そして、もう一度、フィンを口に含む。 自分の方を向いたので、アルテナのぽってりとした唇に納まってゆくのがよく見えた。 「もう少し、奥まで」 の声に、さらに奥までおさめる。亀頭に口蓋の複雑な突起がこすりつき、脈打つように血が下半身に結集してゆく。 「舌で挟むように上下してみましょうか」 「…ん」 アルテナの頭が、ゆっくりと上下する。亀頭が狭い空間に押し込まれる感覚が背筋を駈け上がり、声を上げまいとすると、自然に力が入る。フィンの体が時折震えるのを、彼女も感じ取っているらしい。角度や方向をかえ、全体に舌をはわせた。 「お上手です…そのまま…っ」 口に入らない部分は手が握りしめている。アルテナが、口を離した。 「先の方が、硬くなってきたわ」 そして、また唇でゆっくりと噛む。亀頭を吸い込むようにされた時、射精の衝撃がフィンの全身にはしった。 「!」 「んんっ」 アルテナも、口の中に何か飛び込んできたのがわかったらしい、反射的に唇を放していた。 「あ…」 半開きにした唇から、とろりと白いものがおちた。名残の一滴が、フィンの方にも力なく伝い残る。 アルテナは、唇の違和感をシーツでさっと拭い、口の中に残ったものは、子供が苦い薬を飲むような顔を一瞬して、飲み込んでしまった。 「あまり、おいしいものではありませんね」 フィンは、アルテナの好奇心に少し気圧されていたが、真面目故に、知らないものを学習しようとしているのだと思った。こらえられず苦笑いしているフィンを、アルテナはすこしけげんそうな顔をして見ている。 その彼女に軽く接吻し、 「少し、お口をすすがれた方がよろしいですよ。長く口に残る味ですから」 と言った。 暖炉の中で、薪のはぜるぱちん、とした音が、小さく耳の中に聞えた。 侍女が足していったものだろうか。アルテナの寝台は、冷気を避けるため、さらに衝立が回されている。 アルテナ以外の人の気配があった所で 「お姫様は、夜遅くまでお忙しいこと」 ぐらいにしか思わないだろうし、仮に真実を知っていたとしても、それは吹聴していいことではない。侍女とは、空気のような存在なのだ。 指をかるく噛んで、声をこらえていたのは、アルテナははたして、時折この部屋に入ってくるそういう存在を知っているようだった。 その指を口からはなして。 「はあ…あ」 となまめいた声が上がるのは、いよいよ自分の中に駆け巡るこの快楽に理性を抑えて没頭しようとする合図のようだった。暖められた部屋の空気か、それとも自らのうちに燃える火のせいか、その体は春の花のように紅潮していた。 「だめ…もっと」 アルテナが、息を弾ませながら言う。愛撫の頃合いを見計らい、フィンが彼女のひざを開こうとしたときだった。 「あなたを覚えていたいの。…もっと、私に触れて」 腕でフィンの首をひき、蜜のような唇を与えながら、耳打ちするような細い声で言った。フィンはそれに、何の返事もしなかった。唇をそのまま、鎖骨に押し当てた。手を背中に回し、片足をアルテナの脚の間に割りいれる。乳房を揉みしだき、薄くかげる乳輪を甘噛みしながら、ひざを強く押し付けた。 秘めやかな谷間は、それだけでたやすく開き、ぬちりと潤いをあふれさせた。 「はぁ…っ」 アルテナが声を上げる。腰があがり、秘められた谷間の敏感なヒダを、フィンのひざにこすりつけた。 これまでなら、すでに体をひとつにして、お互いの体中の熱さを確かめている時間なのだ。 いじましいことを言って、少しでも、自分との時間を長く持ちたいのだと、フィンはされるままにしていた。 当然、絡めているアルテナの足の片方にも、いつでも彼女を貫ける槍が構えられているのは感じられているはずだった。 「ぁ、はぅ…ぅ…」 吐く息にまぎれそうな喘ぎが、小さく聞こえてくる。アルテナは、さらに大胆になり、腰を揺らしはじめていた。 「はぁっ…はぁっ…は、あ、ああ…」 彼女の顔に、濃い紅が走り、衝動のままに身をくねらせる。体勢が崩れないように絡めた手の指が、じわじわとフィンの体にくいこんでゆく。 そう遠くない前、彼にさしつかぬかれての絶頂をはじめて迎えたアルテナも、顔を朱に輝かせたのだ。 恥ずかしいと、身をちぢ込ませるアルテナが、不遜にもかわいらしかった。 「ん…」 アルテナがふる、と震え、身を硬くした。それは、彼だけが知る絶頂の前触れ。その一瞬を逃さず、フィンはアルテナのひざの間に割り入り、ほころんだ花びらの中に、根元までその身を深く沈ませた。 「あああぁぁっ」 あられない高い声が、十分に彼女が上り詰めたことを教えていた。体は脱力をはじめても、奥への入り口は、すでに侵入を終えたフィンの分身をぴくりぴくりと吸い込むようにうごめく。 「…あ…」 「おかわいらしゅうございましたよ」 フィンが世辞ともつかずそういうと、アルテナは、やはり紅の残った顔で 「…知りません」 彼の視線をことさらによけた。 「…こんな格好、はじめてよ」 つながったまま、上下を返され、フィンの上にまたがるような体勢にされたアルテナは、身をくっと伸ばして、彼の顔を覗き込むようにした。大柄なわけではないが、決して小柄というわけではないアルテナの自重で、二人の間には隙間もない。フィンは彼女の柔らかい尻を抱え、寝台のばねを助けにして下から突きあげる。 「っあぁ」 アルテナが、眉根をよせ、悩ましげな声を出した。あるいは突き上げて、あるいはねじ込む。フィンの先端には、アルテナの奥底のこりこりとした感触が敏感につたわってきた。 「すごい、奥が…奥がこんなに気持ちいいなんて…」 アルテナの瞳が、陶然と潤む。一度静まった火が燃え立つのに、時間はかからなかった。 「…はぁっ…」 獣のように放出してしまいそうになる衝動を何とか抑えたフィンのため息に、アルテナがなまめいた声で返した。その腰は、すでに次の衝動を誘うように動き始めている。 「フィン殿…もっと、もっと奥に…」 一度抑えた射精の衝動は、もう一度抑えようとしてなかなか収まるものではない。フィンは身を起こし、アルテナの身を抱いた。指が食い込むほど、アルテナの尻をつかみ、彼女の望む奥に執拗な突きを繰り返す。 「あぁ…そう、それが、いいの…」 アルテナは、フィンの肩を支えに腕を伸ばし、フィンの動きを貪欲にむさぼる。二人の体毛が、アルテナからあふれ出した潤いでぬれそぼり、複雑に絡む。 やがてフィンが、アルテナの体を引き寄せた。肩から押さえつけるように、奥深くでこすりあう。アルテナが、その腕の力に応えるように、脚をフィンに絡ませた。 「ふぁ、あ、ぁあ」 アルテナが、目じりから涙をぽつりをおとした。ばくん、と心臓が踊るような鈍い衝撃があって、二人の荒い息だけが響く寝台に、焼くような熱さが、アルテナの花びらからぽとりと名残惜しそうに落ちた。 「フィンを見送らなかったそうですね、姉上?」 フィンが旅だった日、リーフがアルテナにそうたずねた。アルテナは、 「見送るぐらいなら、一緒に行きます」 と応えた。そのうち、廷臣がひとりリーフに近づき、わずかな耳打ちがあり、彼は姉に改まった。 「来たようですよ。 …お会いになるんですね」 「ええ」 怪訝な顔を崩さないリーフの横で、アルテナは実に落ち着いていた。やがて入ってきた、小洒落た風体の若い名士の顔をみて、アルテナは、ふうっと、目を細めた。 アルテナは、廷臣から推薦された名士を、何の抵抗もなく伴侶とすることを決めた。華燭の典は盛大であり、まもなく告げられた彼女が懐妊したという知らせは、新トラキア王国のますますの隆盛を予感させるに十分なものであったといわれる。 はたして、彼女から初めて生まれた子供は、地槍ゲイボルグの正当な後継者にふさわしいあかしを持っていた。アルテナはこの子供を、後に生まれた弟妹を差し置いて鍾愛し、旅から帰還したフィンに、騎士、そして継承者としての養育するよう、かつて自分がそうされていたようにゆだねたという。 この、何かにせかされたような彼女の結婚は、アルテナが家臣と濃厚な関係におちいったがための予定外の懐妊を隠蔽するために仕組まれたものではないかと、後世の好事家にはうがつ者もあるが、歴史となってしまえば、真実はすべて、闇の中である。 |