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瞳に映る炎の色は・完全版

「アルヴィス卿よ・・・この娘を娶って戴きたい。この娘は聖者ヘイムの血を受け継ぐ娘」
そういい、マンフロイが連れてきた娘、ディアドラは私の前に現れた。
「美しい・・・」
私は知らず知らずの内に呟いていた。その娘の、ディアドラの美しさに目を奪われながら・・・。
 
私の名はアルヴィス。炎の聖戦士ファラの血を受け継ぐヴェルトマー公国を統べている。同時にバーハラ守備隊の長でもある。
だが、私には他人に悟られてはならない重大な秘密があった。
それはこの男、マンフロイが私に教えてくれた。今思えばこの男さえ現れねば私も彼等を、反逆者としなければならないシグルド公子。君主として尊敬していたバイロン卿。憎しみもあったが大恩あるクルト王子を手に掛けずに済んだのではないのだろうか。
私の母は美しく、優しく、聡明であり、浮気癖のある父をいつもなだめていた。しかし、母は突然姿を消した。幼かった私を残して。
そして現れたマンフロイはロプト帝国に反旗を翻したマイラ皇子、ひいては大司教ガレの血を引いていることを私に告げた。
しかし、私には母を憎むことはできなかった。私にとって、母は間違いなく母だったのだから。
思えば私は彼女に、ディアドラにその母の憧憬を重ねているのかも知れない。
「マンフロイよ、貴様は私に言ったな。ロプト教団は聖者ヘイム達、我等が偉大なる祖先、十二聖戦士の手によって滅ぼされたと」
「その通りです。しかし、その後のロプト信者狩りは熾烈を極め我が同胞達は地に潜まねばならない事を余儀なくされました」
「ならば何故、ヘイムの血を引く者を殺さぬ?貴様達から見ればヘイムの血を引くこの娘は仇敵なのだろう?」
その言葉を聞き、マンフロイは忍び笑いを漏らす。
「それは、この娘もまたロプトウス様の血を引く者だからです。貴方様がグランベル帝国を作られた後、ロプト教団の教祖となる人物がおられません」
「貴様が教祖となればよかろう。違うか?」
「実に残念ですが私に黒の聖書を開く資格はございませぬ」
マンフロイは顔色一つ変えずに言葉を紡ぎ続けた。黒の聖書、つまりロプトの魔導書を開く資格を持つ者は、ガレ大司教の血を濃く受け継ぐ者。つまり、私とディアドラの子供だと。無論、その子供は禁忌に触れていることも。
「例えなんであれ、もう後戻りはできないのです。アルヴィス卿」
「わかっている。だが、私はロプト教団に力を与える気はないぞ・・・もしも、その誓約を破ったときには我が身体に流れるファラの血に於いて貴様等を許しはせぬ」
私は高圧的に話す。その威圧感はマンフロイだけではなくディアドラにも伝わってしまったようだ。彼女が怯えているのがその証拠だ。
私は自然に威圧感を消した。そんな様子を見て、マンフロイが再び忍び笑いを漏らす。
「では、よろしくお願い致しますぞ?アルヴィス卿」
そう言い残しマンフロイは姿を消した。そこに残っているのは私とディアドラの二人だけだった。
 
この書斎には私と彼女しかいない。
「ディアドラ、と言ったな?」
「はい・・・」
「君の両親は誰だ?」
そう言った途端に彼女は俯く・・・私は罪悪感に駆られた。多分、記憶がないのだ・・・だが、マンフロイは言った。
この娘が「聖者ヘイム」と「大司教ガレ」と言う対なる者の血を引いている、と。
私の知る限り、「聖者ヘイム」の血を引くのはバーハラ王家の人間のみ、つまり、アズムール王と亡きクルト王子の二人。
そして、「大司教ガレ」の血を引くのは私の母のみ・・・これに関しては疑う余地もない。
(まさか、クルト王子と母の子なのか・・・?)
昔、クルト王子が一人の女性と恋に落ちたことを私は覚えている。その女性は私の母だったのだから。そして、数ヶ月の後、母は姿を消した。もしも、子を身籠もった為に姿を消したのなら・・・この娘は、私の妹なのか・・・?
「・・・例えどうであれ、私はもう逃げられないのか。奴等から見て私は駒の一つに過ぎないのだな」
自嘲気味に笑っている私の頬に、彼女の手が添えられる。懐かしく、温かい・・・しかし、何故、私の心配をする?まだ出逢ったばかりだというのに、なぜ、私を気遣う?
(どうして、父上は母上以外の女の人を・・・母上は嫌じゃないの?)
幼い頃の記憶の中の母は私の頬に手を添え、言葉を紡いだ。
(・・・アルヴィス。私はね、父上の事を信じているから大丈夫なのよ・・・あの人が私を愛してくれた、だから何があっても私は彼を信じていられるわ。それに、そうでなければ貴方はいなかったのだから・・・)
・・・過去の記憶、優しく聡明であった母、愚かな父を信じ続け、そして姿を消した母。その手の温もりと同じ温もりを彼女が持っている。
「どうなさったのですか?アルヴィス様・・・」
彼女の声が聞こえ、私はハッとなる。彼女は心配そうに私を見つめている。その瞳には愚かな男が映っている・・・己の命惜しさに他人の手の平で踊る、脆弱な私が。
(父のことは二度と愚かと言えぬな)
・・・私は一つの決心をした。マンフロイ達の手の平で踊るのは構わない。しかし、この聖母のような慈愛を持つ娘には禁忌に触れたという罪悪感があってはならない・・・いや、持たせてはならない。
「心配をかけたようだな・・・すまない」
「いえ、私はあの方々にアルヴィス様を大切にせよと・・・」
「そうか・・・」
私は書斎の扉を開けた。近くにいた衛兵に馬車の用意をするよう、命令を出す。そして、振り向き、ディアドラに付いてくるようにいった。
「・・・逃げることは許されず、ただ踊り続けるだけ・・・だが、この娘だけは」
誰にも聞こえぬように呟き、私はディアドラと共に馬車へと乗り込んだ。
 
アズムール王に謁見を済ませ、彼女がクルト王子の娘である事が解った・・・私はそれに対しても、内心驚きもしなかった・・・。
額のサークレットに隠された聖痕・・・それは聖者ヘイムの血筋の者であり、聖書ナーガを受け継ぐ者の証でもあった。
聖書ナーガを持つことでマンフロイ達のかけた封印が解けることを危惧していた私は、ナーガの聖書を持った彼女が言った言葉を聞き、心底安堵した。
「これは・・・懐かしい感じがします・・・」
彼女がナーガの聖書を開いた事。つまり、バーハラ王家の世継ぎが見つかった事でその日バーハラでは宴が催された。その時に私は驚きを隠せなかった。アズムール王が自ら、ディアドラを私に妃として迎え、世継ぎとして養子になってくれと言われたのだ。
(こう都合良く行くとは・・・マンフロイめ、笑いが止まらぬだろうな・・・)
私は心の中で奴に悪態をつき、アズムール王の申し出を二つ返事で承った。必ず、隠し通さねばならない・・・彼女を傷つけぬ為に。
そして、その日の宴は私とディアドラの婚礼の儀の前夜祭として変わり、私達は他の貴族達からも祝福を受けた。
 
しばらく経ち、婚礼の儀の前夜。マンフロイが再び私の前に現れた。
「さてさて、うまくいったようですな・・・後はアズムール王の命を断つばかり」
「王の命はもう長くあるまい・・・わざわざ殺す必要など・・・何処にある?」
私は知っていた。王は、義父はもう長くないという事を・・・だが、マンフロイの言葉は完全に私を皇帝として玉座に据えるための最後の行動だと、同時に計画を完璧にするための布石だと語っていた。
「アルヴィス卿よ、貴方は何も心配する必要など無い。我々がやりますからな・・・それとも、情に絆されましたかな?」
ディアドラには聞かせることなど出来ない話だ・・・。彼女の悲しむ顔など見たくないが、私がそれを止めようものなら、私の命が無くなる。故に、止めることは出来なかった。
「そのような事はない・・・止めはしないが、決して見つかるなよ」
「未来の皇帝にご心配いただけるとは・・・ククク・・・」
皮肉混じりに忍び笑いを漏らすマンフロイをこれほど醜悪な存在だと思ったことはない・・・
同時に、自分がこれほど無力なものだと思ったのもこれが初めてだ。
「では、失礼いたします。アルヴィス卿・・・」
そう言い、マンフロイは姿を消した。己の無力さを噛み締める私を残して。
 
次の日の婚礼の儀は盛大に行われた。その中には間接的にマンフロイの手の平で踊っている、レプトール卿とランゴバルド卿の姿もあった。
「アルヴィスよ、約束は守って貰うぞ」
当代きっての巨漢であり、聖斧スワンチカの継承者であるランゴバルド卿が私に話しかける。レプトール卿もまた、似たような事を私に同じ事を述べた。
(聖なる誓いを忘れ去り、欲にまみれるか・・・愚かしいな。両卿よ・・・いや、我欲に溺れたのは私も同じか・・・)
心の奥底で自分と両者を嘲り、私は妻となったディアドラのところへ戻った。
 
「アルヴィス様・・・どうなされたのですか?」
「ん・・・何か可笑しいか?」
「いえ、何か楽しそうに見えますから」
私はいつもと変わらないつもりだ。しかし、彼女は私が楽しそうだという。
「・・・そうかも知れないな・・・」
安らぎ、癒されているのかも知れない。ロプト教の果てしない欲望の渦の中で利用され、両卿の欲望という現実が私を押しつぶそうとしている中で、彼女の存在は守るべき者から愛すべき者へと変わってきた。
アゼルよ、シグルド公子の軍に合流する為にバーハラを発つ直前、私に言ったな。私が女の為に闘うなど馬鹿らしいと罵った直後だ。
私が、人を好きになったことが無いから解らない・・・と。
ユングヴィのエーディン公女を幼い頃に見初め、彼女を助けるためにお前はシグルド公子の軍に従軍していった。
あの時は確かにお前の言う通りだった。今ならば、お前の心が解る・・・しかし、もう遅いのだ。シグルド公子は反逆者となり、お前もその中の一人として散り行く運命なのだから・・・
だからこそ、お前への餞にあの時の私の愚考を認め、ディアドラを愛し、守り続けることでお前に詫びよう、許されるとは思っていないが・・・。
「・・・アルヴィス様?」
「・・・ん?私がどうかしたか?」
「どうなされたのですか?突然黙り込んで深刻な顔をなさるので心配になって」
再び突然の彼女の言葉にハッとなる。そして、何気なく彼女に聞いてみる。果たして、幸せなのかと。
「・・・どうしてそのような事をお聞きになるのですか?」
「すまない・・・」
何も知らない。いや、忘れさせられた上に、見ず知らずの男の妻になれと言われ、その言葉通りに従う。人と言う名の道具として扱われ、意志を持たぬ人形のように生かされる。そんな彼女が不憫でならない・・・。
「でも、お答えしておきます。私は今、幸せです」
「何を以て君は笑えるんだ?」
「やはり、アルヴィス様は優しいのですね・・・何も知らない私を妻として認めてくれたでしょう・・・」
それは・・・言葉を吐き出しそうになった私は口を閉ざす。彼女は優しい微笑みを浮かべながら、私の頬に手を添え、言葉を続ける。
「右も左も解らない私には、貴男だけが心から信じることが出来ます。それに、優しい貴男だからこそ、私は愛せます」
・・・母と同じ事を・・・そして、私の次の言葉を待った。
「今の私にはそんな貴男が近くにいてくれる・・・私はこれ以上幸せなことはありません・・・アルヴィス様はどうなのですか?」
私の心の中に一つの確たる感情が芽生えはじめていた事は知っている。踊らされ妹を娶ることから、守りたいが故に妹を娶る。そして、愛するが故に一人の女性を娶る事へと変わってゆく私の心・・・。もう、止められない。過去も、禁忌も、妹であろうと構わない。後の者達がどれほど下卑しようと構わない。二度と手放したくない、そんな愛おしい人。
先の婚礼の儀の時には私は彼女に対する同情で愛を誓った。だが、今は違う。それを口にするには我ながら恥ずかしかったが、私は言葉を紡ぐ。
「幸せだよ。・・・ディアドラ、私は婚礼の儀の時、同情故に君に愛を誓った・・・だが、今一度誓いを立てさせてくれ」
「・・・はい」
「私は、今此処に誓う。妻、ディアドラを永遠に守り続けることを・・・そして」
永久に愛し続けることを・・・そう言った直後、私は彼女と唇を重ねた。
 
バーハラ城内にある、アズムール王直々にあてがわれた一室。
私は彼女と共にそこへ入った。
私は、彼女の着ている婚礼の衣服を一枚ずつ脱がしていく。そして、私もまた、着ている儀礼用の服を脱ぎ去った。
「ディアドラ、綺麗だよ」
世辞でも何でもない、彼女の姿態を見て心から思ったことだ。
「アルヴィス様・・・」
そう言う彼女の顔は少し紅潮しているが、嬉しそうだ。私達は裸のまま抱き合い、唇を重ねた。そして、唇を離すと私は彼女の手を優しく引き、寝台へと向かう。
「ん・・・」
彼女を寝台へ寝かせ、再び口づけを交わす。同時に私は片手で彼女の胸を優しく愛撫し始めた。
「あっ・・・」
唇を離し、彼女のもう片方の胸の先に吸い付き、舌先で彼女の胸の先を弄ぶ。
「あんっ・・・」
彼女が可愛らしい声を上げる。私は胸を愛撫していた手を彼女の下腹部へと動かした。
「アルヴィス様・・・そこ・・・はあぁっ」
彼女の抗議はお構いなしに、私は彼女の秘部を指先で愛撫する。そこは少しずつ湿りだし、雫が私の手に伝い、まとわりつく。
「んっ・・・んぁ・・・」
彼女は自分の人差し指を噛み、押し寄せる喜悦と快感に耐えているのだろうか。そんな風に私には見て取れる。
「ディアドラ」
彼女の胸の先から口を離すと私は彼女の名を呟き、顔を彼女の秘部へと埋める。そして、今度は彼女の秘唇を舌先で弄び始める。
「ゃぁ・・・シ・・・・様・・・」
彼女の声が誰かを呼んだ様に聞こえた・・・だが、私はそれを聞き取れず、無視することを選んだ。ただの気のせいだろう。
「んぅっ・・・・」
彼女の秘部から雫が流れ落ち、シーツを濡らして行く。
私はたまらなくなり、自分を彼女の中へ埋めていく・・・。
「んっ・・・ぁあっ!」
根元まで押し入り、激しく腰を動かす。何も考えられない・・・ただ、彼女の声が聞きたいが為に獣のように打ち付ける。
肉のぶつかる音と淫(いや)らしい音の中に彼女の声が混じる。
「・・・んぅ・・・はぁあっ・・・あぁぁぁっ!」
そして、終わりは突然訪れた。私は彼女と共に絶頂に達した。
私の熱い白い欲望が彼女の中に流れ込んでいく。
私は彼女から体を引き抜き、ぐったりとなった彼女と口づけを交わした。
 
彼女はもう、眠っている。私はその寝顔を見つめながら、考え事をしていた。
行為の最中、間違いなく彼女は誰かの名を呼んだ・・・聞き取れはしなかったが、多分、本来の夫だろう・・・生娘でなかったのがその証拠。私はその男に嫉妬を抱いた。しかし、そこで思考を中断する。
「マンフロイか・・・」
ローブを羽織り、部屋の中へその姿を現したのは、ロプト教の司祭であるマンフロイ。何故、此処に?
「さて、取り敢えずはご祝福の言葉を贈らせていただきましょう・・・アルヴィス卿よ、おめでとうございます」
「何の用だ」
「その前に、一つお教えしておきましょう。我々はアズムール王に手を下すのを止めました」
なぜだ?完全な手を打つのではなかったのか?
「もう、止まることはないからです。いずれにせよ、このままならば卿に王の座が転がり込んでくるのは必然」
確かに、ディアドラを娶ったことで私は次期王となることが出来るだろう・・・そうだ、ディアドラの事を聞いておかねばなるまい。
「マンフロイ、ディアドラは他の男と結ばれていたのではないか?」
「ほぅ・・・何故そう思われるのです?アルヴィス卿」
「この娘は生娘ではなかった」
「なるほど、そうでございましたか・・・そのような些末事にまで気が回らず申し訳ない・・・」
そう言うマンフロイは恭しく頭を下げる。しかし、声音には全く詫びるという感情が含まれていない。
「・・・その娘の夫は、いずれ貴方様の前に姿を現しまする・・・その時に其奴を処刑すればよろしいでしょう?お得意の神の炎で焼き尽くせばよいかと存じますが・・・おっと、長話が過ぎましたな」
私はその言葉を信じた・・・いずれ、現れるであろうディアドラの過去は抹消せねばなるまい。彼女には未来だけを見ていて貰いたい。
「それでは、失礼いたします、アルヴィス陛下・・・クックックッ」
そういい残し、マンフロイはその姿を消した。
 
あの夜から年月が経ち、私の目の前にはレプトールとランゴバルド両卿をうち倒した満身創痍のシグルドがいる。
「シグルド殿、晴れての凱旋、めでたいことだ」
(すまない・・・シグルド)
心の中で目の前の男に詫びる。しかしそれは彼に届くはずがない。
「これはアルヴィス卿、わざわざお出迎え頂き、恐れ入ります。ところで陛下は王宮におられるのですか」
無知は時として罪になりうる。だが、彼に罪はない。罪があるとするならそれは・・・
「陛下は重いご病気で、もはや身を起こすこともかなわぬ。今では私が政務の全てを代行している」
「そうだったのですか。それを聞いて心が痛みます。わたしの事でも、陛下には随分ご心痛をおかけしました。後ほど王宮に参り、お詫びいたします」
そういう彼の顔は心からそう考えているようだ・・・それに比べ、私は・・・
「それには及ばぬ」
「えっ?」
「卿には反逆者として、此処で死んで貰う。王にお目通りはかなわぬ」
「アルヴィス卿!それはどういうことです!?」
「ふふふ、まだ気付かぬとは貴公も甘いな。貴公はバイロン卿と共謀し、王家の簒奪を謀った。その事実に何ら変わりはないのだよ。私は亡きクルト殿下の姫君の夫として、貴公を討伐せねばならぬ。シグルド、悪く思うな」
私は心の奥で痛みを感じた。彼には敵意も悪意もない・・・正義感と優しさの塊のような男。王への忠誠のみで闘ってきた彼を何故、処刑しなければならないのか。
「そう言えば、シグルド。君には私の妻を紹介していなかったな・・・ディアドラ、こちらへ来なさい」
「はい・・・」
私直属の護衛に連れられ最愛の女性がシグルドの前に現れる。だが、彼の顔はこの様な状況にも関わらず、歓喜の表情を浮かべている。
「ディアドラ!」
その声を聞いた彼女の表情が変わった・・・まさか・・・あの時彼女が呼んだのは・・・
「やっぱりきみだ。ディアドラ、そうだね!きみなんだね!」
「・・・貴方は私を御存知なのですか?」
妻が驚きの表情を浮かべる。まさか、彼はディアドラの本当の・・・
「きみは・・・わたしの・・・!」
彼の言葉の途中で私は彼女を突き飛ばすようにして、兵士の後ろに押し込んだ。
「ディアドラ、この男は危険だ。下がっていなさい」
「待って下さい、アルヴィス様!もう少しこの方とお話を・・・」
「妻を急いで王宮へ連れていけ!」
私は急いで命令を出した。私の危惧している事が事実ならば・・・
「全軍に告ぐ。反逆者シグルドとその一党を捕らえよ。生かしておく必要はない。その場で処刑せよ!」
配下の者達がメティオを彼の軍へと降り注がせる。私もまた、目の前のシグルドに対して
攻撃を始めようと、言葉を紡ぎだした。心の中のドス黒い感情と共に・・・。
「我、受け継ぎしファラの血の下に命ず!天地に普く炎よ、我が呼び声に応え、今こそ此処に集えっ!」
「アルヴィス・・・貴様っ!」
彼の操る聖剣ティルフィングが私に襲いかかる。それは傷ついている彼にとって相当の痛みを伴っただろう。そのせいだろうか、その一撃は私を掠っただけで済んだ。
「そして、天よりの裁可となりて我が眼前の敵を焼き尽くすがいい!」
「はぁぁぁぁっ!」
彼が再び私に斬り掛かってくる・・・だが、遅かった。
「来たれ神の炎!ファラフレイムッ!」
天から炎が彼に襲いかかる。眼前まで迫った剣が地面に落ち、彼を焼き尽くしていく・・・何もなかったかのように・・・。
 
「処刑完了いたしました」
部下の報告を聞く私の手には彼の握っていた剣、ティルフィングが握られている。
「全軍、城へ戻れ」
私はそう命令を出し、一人佇む・・・。
(シグルドよ・・・ディアドラを真に愛した男よ・・・すまなかった)
部下達が去り、一人佇む私の頬には涙が伝っている。彼はディアドラに自分の妻だと言おうとした、そしてその言葉は本当だろう・・・。
あの一瞬、私の胸の中にはドス黒い感情が、嫉妬が渦巻いていた。その結果、彼は灰も残さず、その身を焼き尽くされた。
「なぜ、こうなってしまったのだ・・・」
「アルヴィス様・・・」
背後からディアドラの声が聞こえる。私は振り返らない、いや、振り替えれない。俯き、涙がティルフィングへと零れ落ちる。
「彼には、彼等には何の罪もなかった。罪があったのは私の方だ!それなのに、私は・・・!」
「もう、泣かないで下さい・・・貴男」
彼女の手が私の涙を拭う。私の中に去来する想い。
彼女は、真実を知った時、私の下から去って行くのだろうか。この目の前の最愛の女性は私を軽蔑するだろうか・・・。
だが、そうであったとしても私が彼女を思う気持ちは変わるまい。
もしかすると、いや、彼には目の前の女性との間に成した子供がいるだろう。この女性を守りながら、その子が私に会いに来るまで生きねばなるまい・・・彼への贖罪の為に。
(私は、彼女を守り続けてみせる。シグルド、それが貴公への贖罪だ・・・貴公の子が私の命を取りに来るまで・・・必ず守り抜いて見せよう)
 
しかし、私の犯した過ちはその誓いも許さなかった。それはまた後の事となる。


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