戻る
雨の夜に

 日月も恥らうとは、誰のことを言ったものだったか。
 私の視線わざとそらすように首をかしげ、
「雨が…」
そう言った。遠くに、木立から滴る水の音があり、また、さらさらと流すようなかすかな音が、窓を通しても聞こえる。
「そうだな、雨だ」
私はそう返した。ごまかすような、そんなしぐさは、私を焦らす以外の何の手立てにもならない。
「どうして…
 昼はあれほどに天気がよかったのに」
牀の中に引き込むと、衣にたき込ませた香が、空気の流れにあわせて華やかに散る。雨のせいだろうか、それがいつになく濃く感じた。
「私は龍だ。月にお前をまじまじと見せるほど寛容でもない」
戯れに私はそう言った。

 結い髪の中に手を入れ、紐の端をまさぐりだし、引き解くと、彼女の髪はふっくらと、結った癖をのこして肩を覆う。
「私、ひとつだけ将軍がうらやましいのです」
黒目がちの目が、ともされた明かりをぼんやりと移して、そう言う。
「うらやましい、どこが」
「私の髪は、結うとすぐ癖になってしまうのです。でも将軍はそんなことにならなくて」
「私が結うのと、お前が結うのとでは、話が違うだろう」
私は笑いを誘われる。彼女はまだどこかに、年端も行かない少女のような思考を持っている。
「私だって、お前のように結えば、癖が着かないとも限らない」
「…」
彼女は、その様子をかなり真剣に想像しているものらしかった。
「将軍は今のままで、いいです」
そしてやっぱり、そう答えた。
「戦場で、大勢の敵をものともせずに槍を操っておられる間、将軍の髪は、龍の尾のようになびいて、とてもきれいです」
「こら」
私は彼女の言葉を混ぜ返す。
「お前は戦場で一体何を見ているんだ。
 余計なことに現を抜かされているようでは、私は安心してお前を戦場に連れて行けないではないか。
彼女は、自分の言葉が失言に類すると思ったのだろう、
「す、すみません…」
私の前で、小さく縮こまるように言った。

 あらゆる鎧としがらみをよそにされて、衣一枚で私の前にいる彼女は、初めであったあのあどけない目をして、明かりの少ない薄暗がりの中、私の姿をもとめている。
「雷姫、どうした。私はここだ」
袖を引いて、やっと、腕の中に収められる。
「雨や髪の話で無駄に時間をすごさせようとするつもりか」
そう言うと、胸にあてられた彼女の頬が、暖かくなるのを感じる。
「ち、ちがいます…その…」
理由はわかっている。何度肌を合わせても、彼女は、初花の恥じらいをなくさない。それとも、私が急いているのか。
「気後れなど、もう似合わぬところに来ているのに」
「でも…」
「戦場には慣れたが、牀の中はまだ慣れぬか」
袖に半ば隠すようにしている彼女の顔を探り当て、唇を奪う。こわばった体は、それだけでふわりと柔らかくなる。
「戦場に先に慣れてしまった私は、お嫌いですか?」
組み敷かれながら、おどおどと聞こえるその声に、私はこともなげに返した。
「いや」
 重ねた唇の中で、ゆっくりと差し出される舌を、私は吸い込むように引き出し、その舌と唇とを味わう。装っていないのにほの紅く映える唇は、城の中にあって、たまに私をどうしようもなく惑わせているのを、彼女は知っているだろうか。
 彼女は私の衣をぎゅっと握り、唇のあしらいを受けている。余計な力の抜けた彼女の体は、どこまでも柔らかく、その滑らかさは衣と比べていささかの違いもない。
「ん…」
唇を離して、ほの熱い吐息が聞こえ、彼女が何か言いたそうな顔をする。
「どうした」
「…」
その質問は、私にもわかっていた。私の衣の下は、いつこの柔らかいからだを貫けるか、意地悪く待機しているのだ。それが、彼女の足に触れている。
「お辛いですか?」
「いや」
「でも…」
「無体なことなどできぬ」
私はそう言った。結び目を探り、帯を解く。肩からそのあわせをはずすように、胸元の肌に手を合わせると、その体はまだ冷たい。
 一見、その体は完全に熟れてみえた。しかし、それは外見だけのことで、この期に及んでも、まだ彼女の中は、初花の恥じらいに震えている。

 彼女を得た朝、私は、まだ彼女も共に眠っていた牀の、そこと思しきところに、その花の散った跡を見た。
 さらにその数刻前の彼女は、全身で破瓜の痛みを訴え、涙声になっていたことさえ思い出す。
 私達のいる環境において、頻繁な逢瀬は望めない。今のようなひと時は貴重だった。しかし、絶え間のない逢瀬ならともかく、次の約束さえできぬ絶え絶えの逢瀬は、次逢うまでに体がその記憶を失ってしまうのだと、私は彼女を得てはじめて知った。
 何度逢っても、私に貫かれて辛そうにする、初花の初々しさを忘れない女は、男にとって醍醐味ではあるかもしれない。しかし、私は時に思ってやまない。おそらくは恐ろしく感じたであろう、その記憶が、すこしでもいい、これからの時間でつくろわれてゆくことを。

 今の雨の音は、彼女の耳に届いているだろうか。
「雷姫」
「…はい」
「雨が、やまぬな」
「…はい」
何気なく言葉を掛けながら、はだけた衣の下にあったふくらみをなでる。
 雨でしんと冷えた空気が牀の中に入り込み、その寒さがさせているのだろう、その頂がとがっていた。
「ん」
そこに触れると、彼女は声を上げて、私の首にすがりつこうとする。私はその手をとどめ、
「今のは寒かったからか? それとも?」
と尋ねた。触れている胸元がさっと熱くなる。
「…いえ
「寒くないなら、そこまですがる必要はない」
「で、でも」
「手が動かせぬ」
「…」
返す言葉を失ったか、返事はない。彼女が認めたとおり、このとがった二つの頂は、寒さからではない。吐息が乱れている。その片方に、私は唇を寄せた。
「あ…っ」
吐息が声になる。舌先で、その頂をつつくと、彼女の体全体が震え始める。
「ん…う…」
首にすがれないと知った彼女は、私の腕に手をかける。身じろいで、胸をそらすほどに、私はそのふくらみの間に顔を押し付けられそうになる。しかし、このやわらかさは悪くない。

 決して大きくはない。かといって小さくもない。あえて言えば均整が取れている。それでも彼女は、練兵には邪魔と言い、布で押さえつける。
 しかし、今は、おさえるものはない。柔らかいふくらみは、触れるごとに不安定にゆれるが、崩れ落ちることがない。
「あ…あ…っ」
むしろ、押さえつけていただけ、細やかなあしらいには敏感と見えた。あがった声が、我ながら大きくなって、それがあまりにはしたなく感じたのだろうか。目を閉じて、のどでその吐息を殺す。
「声を上げるのはまだ抵抗があるか」
そう尋ねると、彼女は
「わ、私ばかりでは…」
と、視線を私のほうに見やる。
「私を心配しているのか」
時に応じてそれが奮い立つのを、まだ数の数えられるほどの逢瀬の中で、彼女は学び取っているらしい。或いは、誰かの話から聞き耳でもてたてたものか。
「こういうことは…お互いの協力が必要と…」
消え入るような、しかし、四角張った物言いの声に、私はつい笑いを誘われる。
「わかったわかった。お前が何か私にしたいというなら、方法がないでもない」

 将として教えられることがなくなっても、まだ教えられることがあるのは滑稽なことだと、私はそう思っていた。しかし、将として教えたことが私の掌を指すような完成を見た彼女に、牀の中のことを教えて、それが私好みにならないはずがあろうか。
 私は牀に仰向いて、彼女をそばに寄せ、かねてより彼女が気にしていたものを
握らせた。
「こ、こんなものが…」
驚いて、うろたえ気味にも聞こえる彼女の声に、私は
「入っていたのだよ」
と言う。ともかく、方法を教えると、
「…失礼します…」
小さくそんな声がして、私はゆっくりと、温かいものに包まれた。
 時折歯が引っかかるのを差し置いても、彼女にここまでさせる勇気を出させた自分に、自分がおどろいている。
 彼女は、私に背を向けてうずくまっていた。鍛えたことを感じさせないすっきりとした背中に、ごまかしようもない腰の線が、改めてみるといやになまめかしい。
「いかんな…これから城で会って、思い出しでもしたら私は無事でいられるだろうか」
 私は、その腰の線をなでた。彼女が唇をはずし、
「だ、だめです、集中できません」
と訴えるが、私は耳に入らないフリをする。続けるよう、視線で言い、羽織っているだけと言う風情の衣の裾を引き上げて、その中に手を差し伸べる。その感触はわかっているはずだ、唇の動きが止まりがちになる。しとどに、とはいえないが、体の奥から蜜がにじみ出ていた。
 その潤いを頼みに、指を一本差し入れると、彼女は体を震わせて
「あ」
さながらに、本物を受け入れたような声を上げた。次の逢瀬を待つ間に体はその記憶を忘れるといっても、完全に、ではない。今の彼女には、私の指一本が、相応の大きさである、ということだ。
「私はもういい」
唇の動きを完全に止め、抜き差しされる指にあわせて震える彼女に、私はそう言い置く。そのまま体を仰向かせると、まだ彼女は足をするように合わせ、衣を引き寄せ体を隠そうとする。
「この砦はなんとも難攻不落だな」
私は耳元で言った。
「!」
彼女は声には出さなかったものの、その言葉には反応する。私の指を可愛らしく震えて、締め付けた。
「しかしこの砦には弱点がある」
私は、あいている指を、少し上に当てた。私の指があるところを花と言うなら、ここは何と言うべきか。まだ花に至らざる芽か。しかしその芽はいとも敏感で、
「あ…ああ…」
出さずにいさせた声を上げさせ、彼女の全身をほてらせ、指一本をようよう受け入れていたその花を、うっとりとほころばせる。そして、受け入れる指を体の震えと合わせて締め付ける。
「だめです…そこは…私…」
「おかしくなるか?」
言葉にできないその先を、私が補うと、彼女は小さくこくん、とうなずいた。
「最初いやではないといったのはお前だな」
私はそう返して、芽をなでることを続ける。彼女の足指が丸まる。押さえていた衣から手をはずし、私にすがりつく。花の奥から蜜が指をぬらすほどに滴る。

 突然、
「いやです!」
聞こえた言葉は、いささか彼女を弄んでいた私をはっとさせた。
「次がいつになるかわからないのです…
 私…、…私、将軍が…」
肝心の言葉は出ないが、その内容はわかっている。いうなれば、私は彼女から求められたのだ。
 これまで、勘所を探りながら、その求めの言葉を言わせていた私は、正直虚をつかれた。
「私が、欲しいか」
その言葉に、彼女は、涙をにじませた黒目がちの目で
「はい」
はっきりそう言った。
「次に逢うまで忘れられないほど、ください」

 そこは、何としなやかに私を受け入れるものか。気がつけば、お互いの下腹が接するほどに深くつながっていた。
 まだ開ききらぬ花と思っていたのに。彼女は、私の腕に手をからめ、浅い息をついている。
「痛くはないか?」
つい尋ねていた。彼女はかぶりをふり、
「…まるで将軍は、お体の中に本物の龍を飼っておられるようです」
と言った。そのしなやかさと狭さに、私は勝手に脈打ち、まだ彼女の中で猛ろうとしている。
「雷姫」
私は彼女の片頬に触れる。
「私はうぬぼれてよいか」
「何を、ですか?」
「…」
言葉にはならなかった。まだ少女といってもよかった未来の将として出会わず、今の慕わしい姿形で出会っていたら、克己的な自分をゆるがせていたかも知れない、そんな雷姫と共にこの場所にあることを。

 私の動きにあわせて、彼女は、体に刻み込まれるような声で答える。そのしぐさはぎこちないが、自分の高まりを体に還元して、私を悩ましくさいなむことを、少しずつ覚えているようだった。
 体に得られる感覚より、その雰囲気に飲まれそうだった。私は飲まれまいと、己を奮わせる。
 急に、彼女が声を変えた。
「はあっ」
「どうした?」
「…わかりません…奥のほうが、きゅうっとして…」
しかし、まだ可愛らしいところもある。私は、汗した彼女の額に唇をあて
「当然だ。今奥を突いた」
そう言った。
「嫌か?」
「…」
彼女は戸惑うような表情をした。が、
「望むままに、されてください…」
うっとりと、目をつぶるように言った。

 物慣れないところの抜けない彼女をいたわるあまりに、私は今まで、故意に自分を縛っていたのだと知った。彼女には、それだけの体が備わっていたのだ。
 引き寄せて、膝の上に腰を乗せるようにしてつきかけると、
「あっ…奥が、またきゅんって…」
彼女はそう、はしたなさも忘れて自分の体に起きたことを口にする。茂みの中に花芽を見つけ、それを探ると、ぎゅうっと、はっきり、私を締め付ける。目の奥で光がはじけそうになった。
 奥に突き入れたまま、腰をひねる。こんなことは、買った女相手にしかできないことだと思っていた。
「ふぁ…う、んくっ」
彼女が、泣き声のような声を上げる。しかし、痛ましさは感じられず、体一杯の何かのやりどころに困惑しているような声だった。
「はじめてです、こんな…」
舌足らずにようよう言い、あとは、悶え、喘ぐ。それでいい。余計な手管はいらない。言葉にできなくても、体は私の動きにしっかりと応えている。

 背骨に、ずきん、と痛みのようなものが走る。私にしかわからない予兆だ。顔から汗が、白い肌に落ちる。
 ねだるように私を捕まえて話さない手に応えるように、花芽をつまみ、奥に突きたてる。
「ひぁぁっ」
声がひときわ高くなった。何か、感極まるようなことを言ったような気がするが、私は覚えていない。ただ、彼女の体が私をさいなむ、それに合わせて、奥へ突き込み、己を解放しただけだ。

 彼女は、簡単に衣の前を合わせられた状態で、ぼんやりと、天井を見ている。
「次まで耐えられそうか?」
そう尋ねた。しかし、彼女はつう、と潤んだ目から涙を落とし、無理そうに頭を振った。
「…今、将軍とこうしていられる時間が、次はいつになるのか、それを考えていました」
「奇遇だな、私もそれを思っていたところだ」
この次までが耐えがたかった。私達のことを隠しておくのも限界かと思った。
 隠してどうなる話でもないと思ったが、あくまでも未来の将として預かった彼女とこうまで懇ろであるとわかれば、悪い先例になるかもしれない。それが怖かった。
 ゆるゆると起き上がって、すがってくる彼女を、すがられるままに抱きしめた。
「不器用ですまん。もう少しうまく立ち回れたら」
抱きしめることしかできなかった。

 そのあとは、雨のさらさらとした音が、すべてを包んだ。

←お疲れのようでしたら肉まんどうぞ